『ぬかるんでから』佐藤哲哉

ぬかるんでから 佐藤哲哉 (文春文庫) ¥550

 評価…★★★★☆

<作品紹介>
突然の大洪水に町は瞬く間に壊滅した。丘の上に避難して命だけは助かったのは私と妻を含む百数十人程度だった。それぞれがそういった災害時にふさわしい行動をとる中、妻だけが何故か自分の殻に閉じこもり飲まず食わずで身動きすらしようとしない。しかし、何の救援も来ないまま日が経ち、私も含めて大半の人々が飢えや疲れから死にそうになっている時も、何故か彼女は外見だけは誰よりも生き生きとして見えた。
そんなある日、我々の前に亡者が現われた。腐り果てたそいつの手には瑞々しい林檎が握られている。そして、飢えでほとんど身動きもできない我々の前でこれ見よがしにその林檎を喰らい始めた亡者にむかって、私の妻が突如として立ち上がり叫んだ。「分け与えなさい」。そう、これは奇跡に関する物語なのだ。 (表題作)


他、『無聊の猿』 (予期せぬ物音に気付いて様子を見に行くと、自宅の台所で羽の生えた猿が勝手にお湯を沸かしてお茶を飲んでいた)、 『やもりのかば』 (自宅の寝室で3トン以上の物体が2メートル以上上から落下してきて圧死したとしか思えないという変死を遂げた伯父の家で邂逅したものは… )、など奇想に満ちた13篇を収録。



先月にSFバカ本で発見した逸材・佐藤哲也氏の短編集が文庫で出てたので、もう何のためらいもなく購入。その後に、え?文春文庫で、しかも伊坂幸太郎が解説?って気付いてちょっと動揺しました(笑) でも、SFとブンガクって意外に相性いいしねぇ、それに佐藤氏の文体ならアリかも(一作しか読んでないですけどね^^;)と思いつつ一読。ああ、やっぱりアリだ!(笑)
私が感銘を受けた 『 かにくい 』 ほどのわかりやすい荒唐無稽さはないにしても、基本は変わってないですね。奇想に満ちた物語を独特の文体で淡々と語るって感じ。北野勇作作品にちょっと近い気がするけど、北野氏よりブンガクっぽいかな。佐藤氏作品はストーリーもさることながら、描写や言葉の使い方がほんとに独特で、えも言われぬ面白さがあります。

ところで、佐藤氏は『 妻の帝国 』という著作があったりするように妻関連の作品が多いみたいなのですね。本書にも結構収録されてます。まぁ、これは伊坂氏も解説で触れておられるように 「 奇妙な物語に現実感や生活感を与える 」 ためのものなんだろうなと思いつつ、筒井康隆も妻作品結構書いてたしなとか思いつつ、でも、やっぱり妻系の作品が何だか苦手な私…。私自身が一応妻という身分だからというような問題ではなくして、そういう世俗的かつ情緒的なのが苦手なのですねぇ。なので、そういう設定が出ると急に何か嫌な気分になって目が曇ってしまう…(T_T)


まぁ、私の特殊な嗜好の詳細はおいときますが、そんな私基準での感想を以下につらつらと。内容まとめづらいので備忘録的な感じになると思います。


※以下ネタバレ有り※



表題作はある意味古典的な感じの作品で、何故これを表題にしたのか私にはわからなかったりする。だって、カバー絵も表題作からじゃないじゃん。まぁ、文春で 『 やもりかば 』 って題名の本はちょっと出しづらいかもしんないけど。あ、今気付いた。カバー絵だからカバの絵って…。すいません、なんでもないです(>_<)

『 春の訪れ 』 は更にわからない。「 妻 」という現実のフィルターが私にかかってるからかな…。東宝映画っぽくて楽しい感じはあるんですけどね。 ついでに言えば、同じく妻モノの 『 記念樹 』 はもっとわかんない(-"-;)

『 とかげまいり 』 は詳細は不明だけど宗教に支配されてるらしい社会の様子が面白い。古典的な宗教観が描かれている一方で山椒魚教だのオオアリクイ教(かな?)だのとか様々な宗教もあるのが愉快。この作品は設定のためもあって、文体がいつもとはまた違う感じに独特なんだけど、とかげになった妻の描写が特に良い。なんか幸せそうだし。
関係ないけど、蜥蜴でもトカゲでも爬虫類って感じなのに「とかげ」だと急に愛らしくなるのは何故だろう?

内容紹介でも触れた『 無聊の猿 』は、羽の生えた猿とひたすらお茶を飲みあう様子がたまらないです^^;
ところが油断できないのが佐藤作品。そうやって、ほのぼのしてたのに猿が突如として洗面器自殺を図るんです。で、「 私 」はやむなく、その死体を窓から放り投げる。何だこの急展開は…とちょっと呆然としますが、オチはやっぱりほのぼの。
翌朝、死体が落ちたはずの井戸でゴム鞠が動いているのが見える。猿だった。白い翼の変わりに鰭の生えた猿が鼻先でゴム鞠を突いていたのだ…という感じ^^
私は猿ってかわいいというより怖いイメージが強いんですが、これは終始ほのぼのしてて良いです。


『 やもりのかば 』 は題名通り、かばであり且つやもりであるような存在が出てくるお話です。
普通のかばの姿かたちでサイズも重量も標準的なんだけど、足裏に吸盤があって天井に貼りついて暮らしているという生き物。さらに言えば、香辛料が苦手でカレーの匂いなどを嗅ぐとくしゃみが出て、天井から落ちてしまうという極めて危険なヤツ。でも、伯父の圧死は足を滑らせて結果だったとぬけぬけと言うあたり余り性格はよろしくないようだ。あ、妙な存在の常として人語は解します。知性は高いけど性格に難ありって感じですね。ひきこもりタイプというか。しかし、この話の主人公は凄くいいひとだ。


『 巨人 』 は、タイトルの巨人がほとんど通りすがり的な存在の上、最後は何かかわいそうなことになってるのが妙。これと、続く 『墓地中の道』 はどちらも男根ネタというか去勢ネタなので、そもそも成り合わざる身としてはどうもピンとこないなぁ。面白いことは面白いんだけど。


『きりぎりす』。 夏に歌ってばかりで働かなかったキリギリスは、冬にはチェーンソーを持って獣や人を襲うんだそうです…。最初の巨大なキリギリスがバイオリン弾いてるイメージだけでも私はかなり怖いんですが、チェーンソーに持ち替えてからの恐怖と言ったら…(>_<)  でも、これ映画にしたら、絶対に全然怖くないバカ映画になるよなぁ。うーむ。


『 おしとんぼ 』 とは押し花のとんぼ版です。嫌ですねぇ…(T_T)


『 祖父帰る 』。  暴力的な行為で父子間のコミュニケーションを成り立たせる祖父と父、そして父から(時には祖父からも)同様の行為を仕掛けられるがそれについていけないぼく。ある日、花火をしているぼくを二人がいつものように襲ってきた。ぼくは恐怖に駆られて思わず花火を持っていた手を前に出した。祖父は花火を僕の手からもぎ取り、自分の左目に深々と立てたまま夜空に駆け上がっていった。そして、それから祖父も父も戻らない。
こんな家やだよぅ、その最後はトラウマだけどいなくなって良かったねぇ…と思ってたら、
10年後のある嵐の晩、祖父は窓ガラスを破って家に押し入り、それと同時に父は部屋にあったソファの中から出現する。そして、ふたりは10年前より荒々しくなった父子のコミュニケーションを始め、やがて、窓から嵐の中へと消えていった。
…って、ひどいよ、何だよ、この老父子(T_T)
お母さん(ちなみに翻訳家。知的で優しい)、なんでお父さんと結婚したの? (T_T)
そして二人を恐れ嫌いながらも、その父子コミュニケーションに参加しない自分に後ろめたさを感じる「ぼく」が何とも哀れ…。 血縁って怖いよねぇ。


『 つぼ 』 は、ご不浄につぼが出現する話で、面白いんだけどちょっと苦手。そういう描写があるわけではないんだけど尾篭なのはあんまり好きじゃないんだな。


『 夏の軍隊 』 は裏の空き地にお腹を空かせた軍隊がいたので、ママに内緒でエサをやってたんだけど見つかってしまい…というよくある少年の日の邂逅と喪失のお話。( 思い切りよく言い切ってみた^^; )
ちょっと普通と違うのは、出会う生命体が軍隊で、普通サイズの上にどうやら同じ民族らしい( 言葉が通じるし食生活も共通らしいので )ってとこですね。これはなかなか新鮮な設定です。