『 死刑長寿 』 野坂 昭如

◆ 死刑長寿  野坂 昭如 (文春文庫) ¥620

 評価…★★★☆☆

<作品紹介>

ひょんなことからある刑務所に118歳の死刑囚がいることが判明した。かの戦争の最中に61歳だったその男は妻と息子の嫁、他に男1人の計3人を殺害した罪で囚われ、戦後の混乱の中で死刑は確定するも、その後延々60年近くも刑が執行されることもなく獄中にいたというのだ。

しかも、世界最高齢者に迫る年齢のその男は心身ともに全く健康で、記憶もしっかりしている。こうなってくると過ぎ去りし時代の貴重な生き証人でもあるし、長寿を寿ぐ思想からも、そう簡単には刑も執行できなくなってくる。マスコミは騒ぎ立てて、死刑廃止論者もこれに乗じ、その他様々な人々の思惑や要因が絡み合い、長寿死刑囚の周りは大変な騒ぎになってくるが…。( 表題作 )

その他、『 エレクションテスト 』 ( 65歳に達した日本人男性には全て勃起能力テストを受けることが義務付けられ、その能力が一定の基準に達しているか否かで、その後の待遇が分けられることが決定して… ) 、 『 子供は火事の子 』( 実際の火というものに接することが極端に少なくなった現代社会に生を享けた孫へ、祖父は火というものを教えようと様々なことを試みるが… ) 、 『 なんでもない話 』 ( これといった思想も目的もないが流されるまま浮沈激しく波瀾万丈と言っていい半生を送るが、今は家庭に恵まれ特に何の問題もない男が、ふと人を殺し始める )、 『 世にも醜いこと 』( 人間が物を食べる姿は醜いと思う男の話 )、  『 現代語訳ワタクシ神話 』( 著者の自伝的な作品 )の全6篇を収録。


いやー、久々に読みましたよ野坂昭如。何十年ぶり?ってくらい。書店で本書を見つけて、「 え!野坂昭如の新作がまだ文庫で出るの!? 」と驚いて、つい買ってしまったような次第です^^;

まぁ、何というか相変わらずですね。昭和饒舌体とでも言いたい独特のテンポの饒舌文体が心地よいというか居心地悪いというか変な感じです。 『 エレクションテスト 』 なんかはその題材の下品さも含めて凄い昭和っぽいですね。

昭和40年代って、現在は重鎮であるSF作家たちがこんなのばっかり書いてたんですよねぇ。私はリアルタイムでは読んでないんですが、その頃の日本SFにかなりハマったクチなので懐かしいですね^^; その流れでその時代の中間小説(死語?)もかなり読んでるし。野坂氏の代表作も私の中では 『 火垂の墓 』 じゃなくて、『 エロ事師たち 』ですしねぇ。( てゆーか、『 火垂の墓 』 読んだことも見たこともないけど。あんな確実に泣いて怒りと悲しみに一杯になるに決まってる話に接したくないっす(-"-; )

さて、年寄りの繰言はいい加減にして個別の作品について…と思ったのですが、解説も感想も書きづらいんですねぇ。野坂氏の作品の魅力は、あの独特の文体に直接触れないと伝わらないと思うのですよね。あの文体を受け付けない人は作品自体も受け付けられないと思うし。もし、紹介文を読んで興味を持たれた方がいらしたら、ぜひ書店でちょっと立ち読みすることをオススメします^^;

あ、でも、表題作についてはちょっと触れておきます。紹介文でもわかるように、高齢化社会だの死刑廃止論だの冤罪問題だのの現代社会における様々な問題に絡んだ話であり、野坂氏世代には避けて通れないあの戦争にも触れています。また、老囚人の生きた時代として明治時代の話もちょっと出たりして(虚実混ざってますが)、非常に内容が濃くて面白いです。マジメに読めば色々考えさせられますが、軽い風刺小説として読んでも良いかなぁという感じ。

全体的に主人公が中年から老年だしアナクロな感じは拭えないから、若い世代にはピンとこないかもしれないけど、本書を読めば中高年にも心の闇みたいなものがあるのが理解できるかもしれませんよ^^;

(2月読了分)