『 燃えるスカートの少女 』 エイミー・ベンダー

燃えるスカートの少女 (角川文庫)

 

◆ 燃えるスカートの少女 (角川文庫) エイミー・ベンダー/訳:管 啓次郎 (角川文庫) ¥580  

 

 評価…★★★★☆

 

<作品紹介> 私の恋人はどうやら逆進化しているようだ。眠りにつくまでは私の恋人だった彼が、目覚めた時には猿になっていた日から1ヶ月が経ち、私の恋人だったはずの存在は今は海亀になっている。とりあえず、塩水を入れた耐熱ガラスのバットに彼を入れて私の部屋の台所に置いているが、彼の逆進化はまだ進んでいくだろう。 (『 思い出す人 』)

 

私は大金持ちで美しく魅力的な女の子だ。私は時々ドレスを着て午後の地下鉄に乗り込み、男たちのオーディションをする。 ( 『 私の名前を呼んで 』)

 

愛する夫が戦争から無事に帰ってきた。しかし、彼は唇を失っていた。妻は思う。「 唇はあるものだと思ってたのに。生きて帰るか死んで帰るかそれはわからないけれど、唇はあるものだと 」 ( 『 溝への忘れ物 』)

 

図書館員である女は、父親が死んだという事実を受け止めきれず、やみくもに性交したくなる。勤務中である彼女は、図書館の利用客の中から彼女の眼鏡にかなう男を選び出し誘いをかける。誰もが図書館員をめぐる妄想を抱いているし、彼女はその禁欲的な装いを裏切る魅惑的な肉体を持っているので、話は簡単にまとまる。彼女は業務をこなしながら次々と誘いをかけ、関係を結んでいくが…。( 『 どうかおしずかに 』)

 

私の同級生には突然変異の女の子が2人いた。ひとりは火の手を持ち、もうひとりは氷の手をもっていた。火の手は物を燃やすが、氷の手は傷病を癒す力があるらしい。同じようでいて全く違う手をもつ2人の少女はそれぞれの道を進むが…。( 『 癒す人 』)

 

他、表題作と 『 ボウル 』、 『 マジパン 』、 『 皮なし 』、 『 フーガ 』、 『 酔っ払いのミミ 』、 『 この娘をやっちゃえ 』、 『 無くした人 』、 『 遺産 』、 『 ポーランド語で夢見る 』、 『 指輪 』 の全16篇を収録。 -

 

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表題作は魅力を減ずる恐れがあるため、敢えて紹介しませんでした。この魅惑的な題名が作品にどのように現れているのか、実際に読んで確認して欲しいものです。 紹介文でわかるように全体的に奇想に彩られた作品集ですが、意外なほど現実的な部分もあります。作品自体がごく普通で現実的というものもありますが、奇想に基づいているけれど現実的だったり、現実的な話の中にごく自然に不思議なことが紛れ込んでいたりというのが多く、そのいずれも独特の味わいがあり面白いです。

 


※以下ネタバレ有り※

 

 

いや、予想外に面白かったですね。全体的に少女臭( ※後注参照 )が漂っていて、私はそこがちょっと苦手といえば苦手なのですが、気障りなほどではないし、好きな人は凄くハマりそうな感じです。全体的に薄暗いんだけど、それでいて奇妙な明るさと透明感がある感じの作品集ですね。深く考えることなく、単に奇妙な話として読んでも良いかもしれません。

前述の通り、話自体が奇妙なものも多いのですが、着眼点や視点が奇妙というか、思いがけないところにあるものも多く、それも面白かったですね。紹介文にもそのまま載せちゃいましたが、『 溝への忘れ物 』 の妻の台詞とかね。ちなみに題名は無くした唇のことを指すようですが、これも「えっ、そんなこと言っちゃう?」って感じじゃないですか?

 

また、紹介しなかった表題作は、題名とは何ら関係のないような話が展開する中で主人公の少女が考えるエピソードが、可燃性素材のスカートを履いていた少女にロウソクの火が燃え移ってしまい…という話なのですね。文字通り 「 燃えるスカートの少女 」なわけです。

ここまで読んで、「えーっ、そんな話なの?」と思うのですが、でも、その後に続く主人公の述懐が素敵なのですね。まぁ、現実の状況としては少女は燃えているのだから、全く素敵ではないのですが…(*_*)

 

奇妙な着想組では、私は 『 マジパン 』 という作品が妙に好きですね。ネタバレせずには紹介できない内容と構成だったので、冒頭の紹介文には載せられなかったのですが以下に簡単に紹介します。

ある朝、目を覚ますと父の胃のある辺りにサッカーボールほどの穴が開いていた。それは巨大なのぞき穴のようだった。医者に行って調べたところ、各種内臓は父の体の新しい形状に応じて移動し、きちんと機能しているという。

ところが、そこでもうひとつ思いがけない事実が判明した。気分の悪くなった母を診察した医師が、彼女は妊娠していると言うのだ。46歳の父、43歳の母、10歳の私と13歳の姉。子供達は複雑な気持ちだったが両親は上機嫌だった。

そして、出産の日、母の脚の間から産まれてきたのは母の母、つまり私の祖母だった。去年の10月に亡くなったはずの祖母が、そのままの姿と記憶で産まれてきたのだ。 そして、翌朝の朝食の席で、祖母のお葬式の時に出たマジパンのケーキをみんなで食べた。冷凍してとってあったのだ。

……と、こういう話で、奇妙なことだらけですが特にオチはないです。父母はそれなりに動揺したりもするけど、子供達は冷静というか面白がっている。ばあさんはマイペース。ほんとに変な話。明るいカフカ?(^^;)

 

あと、いわゆる女性的な感性の作品群もなかなかいいです。 『 この娘をやっちゃえ 』 のヒロインの何だかぐじゃぐじゃうだうだした感じ、女性は結構共感できるんじゃないかなぁ。タイプが違っても考え方が違っても、何とはなしに共通するところがある気がします。私は、通勤途中でいつも見かける女の子を犯したいと妄想するところに大いに共感しましたが^^; ( この文章だけ読むと私は物凄く危ない人みたいだな…。そんなことないですよ、多分。少なくとも襲ったりはしませんから。って、我ながらフォローしてんだか何だか(>_<)

 

『 私の名前を呼んで 』 は、淡々としているけど描かれている情景はかなりセクシー。 浮世離れした美少女は、有体に言えば行きずりのセックスの相手を地下鉄で探しているわけなんですが、その日のオーディション( 彼女の一方的なね^^; )に合格した青年は、後を尾けていった彼女を部屋に入れてはくれたが余り気のない素振り。

しかし、彼が 「 きみのドレスを切り裂いて剥がしてやりたいような気がする 」 と言うので、女の子は喜んで受け入れる。ところが、彼は彼女のドレスを丁寧に切り開いただけで満足して、ドレスから零れ落ちている彼女を見ようともしない。焦れて彼にキスをする女の子に彼は言う。

「 きみとやりたいわけじゃない。誤解させたったんだったら、ごめん 」。

不満そうな彼女を見て、彼は 「 縛られたいなら縛ってやるよ 」 と言う。そして、椅子に座らせた女の子の両腕をと両脚をそれぞれベルトで縛りつける。そして、彼は言う。「 ほどいて欲しくなったら、そういいな。おれはテレビを見るよ 」。

彼女はできる範囲で彼を誘惑しようとしたり退屈を訴えたりするが、それに対する返事は「 もう帰ったら? 」。

やむを得ず、女の子は全裸で椅子にベルトで縛り付けられたまま、彼とテレビ番組を見続ける。 「 ニュースじゃないのにして 」

……と、セクシャルなようでいて全然セクシャルじゃないんだけど、考えようによってはセクシャルというか、まぁ、何だかよくわかりません(笑)

情景的には凄くきれいですけどね。グリーンのカウチの上に零れ落ちるワインレッドのサテンのドレス。ドレスと同じ色のストラップ付きサンダルだけを身に着けた白い少女の裸身。

性をおもちゃにしているつもりなのに自分の思い通りにならない美少女ってのが、ちょっと山口椿の 『 Entre nous―ここだけの話ですが 』 チック ( って、今この本18禁なんですね(@_@;) ショック…(*_*) )。

 

『 指輪 』 は、泥棒カップルが盗んだルビーの指輪が全てを赤くしてしまう特別な力を持っていて…というおとぎ話みたいなかわいい話。

 

『 酔っ払いのミミ 』 は、人間の高校にこっそりもぐりこんでいる小鬼と人魚の話。これはおとぎ話のようでちょっと色っぽいお話です。小鬼のイタズラで髪でビールを吸収しちゃった人魚が、小鬼に髪を撫でさすらせて快感を得ちゃうという。彼女を密かに慕う小鬼くんが何にも気付いてないところが滑稽でかわいい。

しかし、人魚の高校生っていうとあれですね。うさぎのイナバくんの彼女のイクラちゃん( 新井理恵 著 『 ×(ペケ) 』 より )。 彼女も髪が性感帯だったのだろうか?(^^;) まぁ、人魚系はみんな髪が弱点(性感帯という意味とは限らない^^;)みたいですけどね。詳しくは山岸涼子著 『 妖精王 』 (白泉社文庫 全3巻)をお読み下さい。

って、何かこの項だけまんが紹介のコーナーになってるぞ(*_*)

 

その他は紹介できる範囲で。

『 フーガ 』は重層構造で現実的なお話。でも奇妙に現実から乖離した感じもある。私は好きです。

『 無くした人 』 は無くなったものを探す能力のある少年の話。物のことしかわからず人は探せないらしいという能力の欠陥が面白い。そして、周囲の二通りの反応(根拠のない反感と無邪気な歓迎)もリアル。ごく短い話なんだけど、そういうSF的視点の面白さもあり、人にない能力を持ち、それ故の人に理解されることのない少年の孤独感みたいなもの( これはスーパーナチュラル要素抜きに考えてもいい )もしっかり描かれていて、よくできた話です。

 

しかし、本書にはひとつだけ難があります。それは翻訳です。 いや、全体的にはとてもいいんですよ。訳者の方は男性なのに、女性だらけのこの作品集を凄くいい感じに訳してると思います( 原文読んでないっすけどね )。

だが、しかし、 「 へーい 」 はいかんだろう、 「 へーい 」 は!

多分、原文では 「 HEY 」 なんだろうけど、それをそのまま日本語にしちゃダメでしょう(>_<)

一回なら見なかったことにして許してあげるんだけど、結構あるのよね、これが。 「 へい 」 の時もあって、何で突然丁稚が出てきたかと思いましたよ、全く(-"-;) 現代日本人が日常生活で、「 へーい 」って声かけるか? カタカナ表記なら外来語ということで、使う使わないは別として何とか勘弁してやってもいいが……。

でも、訳せる言葉を訳さないのは、洋画のカタカナ題名と同じで職務怠慢だと思うけどねぇ(-"-;)  何故、「 ねぇ 」 とか 「 ちょっと 」 とかに意訳しなかったのか、能力のある人に思えるだけに甚だ疑問です。

 

 

×(ペケ)(1) (フラワーコミックス)

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妖精王 1 (山岸凉子スペシャルセレクション)

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  • 作者:山岸 凉子
  • 発売日: 2011/06/20
  • メディア: コミック
 

 

  

※少女臭 …… 私の造語。

以下、かなり独断と偏見に満ちてますので、余り気にしないで下さいm(_ _)m

 根本的に少女趣味で、オトナになりきれない感じのオンナの人たちがよく漂わせているもの。ここでの少女趣味はフリフリやロリータとかではなく、オシャレ少女系で例えばずっと『 オリーブ 』読んでました的なタイプを指す。要はマガジンハウスや宝島社系の「 アタシってヒトとはちょっと違うのよねぇ 」というタイプ。

インテリアやファッションはポップかシンプルがお決まりのこういうタイプに限って、実はファンシーなものが好きだったりする。そして、そういう自分に意外と肯定的で、「本当は女のコなのよね」とか「いつまでも女のコなんだもん」とか思っていたりする。主な年齢層は現在30代半ば~40代後半か?

なお、実際に少女と言える年齢の人が同じようなものを漂わせている場合は、「 少女っぽさ 」として肯定的に評価する。数年前まで少女だったという人も許容される。