『 閉店時間 』 ジャック・ケッチャム

◆ 閉店時間  ジャック・ケッチャム/訳:金子 浩 (扶桑社ミステリー文庫) \780

 

評価…★★★☆☆

 

<作品紹介> 舞台は9.11の傷跡がまだ生々しく残るニューヨークの秋。後処理やテロ対策などのため警察は通常業務がおざなりになりがちで、銃撃事件は前年より増加の傾向にあり、最近では閉店間際のバーを狙う強盗事件が連続して起こっていた。そんな落ち着かない暗い雰囲気の中で、人々は多かれ少なかれ事件の影響を受けて生活していた。

売れない画家であるクレアもそのひとりだ。本業だけでは食べていけない月も多い彼女は、ウェイトレスやバーテンダーで生計を支えていたが観光客の激減で、その仕事も安定しなかった。その上、不倫関係だった恋人と別れたばかりのクレアは様々なことに対する不安と悲嘆を胸に抱えながら、今日も新しい仕事場にいた。今回の仕事はバーテンダーだ。

一方、別れた恋人のディヴィットはクレアのことを諦めきれず、遠くからでも彼女の姿を見るために時折、彼女のアパートの近くなどをうろついていた。そして、今日はクレアの仕事場である店の近くまで来ていたが、中を見るとどうも彼女の様子がおかしい。閉店間際の店に彼女といるあの男は一体何者だろう?

視点を変えて恋人たちと犯罪者の物語がそれぞれ語られる。二つの物語が交差した時に起こることは…。( 表題作 )

 

表題作他、『 ヒッチハイク( ろくでもない犯罪者を何とか無罪にすべく奮闘中の弁護士ジャネットは、車が故障した際に通りかかった女性の車に乗せてもらったがために、とんでもない事件に巻き込まれることになる。しかし、鬼畜のような連中に連れまわされ、ひどい目に遭わされながらもジャネットは冷静に考えていた。そして… ) 、 『 雑草 』 シェリーとオーウェンは、共に美しい容貌と、それとは対照的な腐りきった汚らしい欲望を持つという点で全くお似合いのカップルだった。ふたりは結婚し、幸せな生活を送っていたが… ) 、 『 川を渡って 』 ( 舞台はメキシコ戦争が終わった1848年の、今でいうアリゾナ辺り。 クールで内面をあらわすことのないタフで凄腕のガンマンであるハートに、何故か気に入られた若き新聞記者の僕は、彼の相棒と共に野生馬を駆り集める仕事をして過ごしていた。そこに瀕死と言ってもおかしくない傷を負っているのに生命力にあふれたメキシコ人の少女エレナが現れる。悪魔の姉妹と呼ばれる老婆らが経営する売春宿兼奴隷市場のようなところに拉致されていたのを逃げ出してきたのだという。驚くべきことに短時間で元気を回復した彼女は、逃げ損ねた妹を救うために戻ると言い出す。ハートと彼の相棒はメキシコ人に対する屈託があったにも関わらず、彼女たちの手助けをすることにする。もちろん僕も一緒だ。 しかし、乗り込んでいった場所では想像以上の凄惨な光景が繰り広げられていた。そして… ) の全4編を収録。

 

 

 
 鬼畜ケッチャムを期待して読むとちょっと拍子抜けですが、なかなかバラエティに富んだ面白い作品集です。

 

※以下ネタバレ有り※

 

 

 

表題作は、強盗犯が出て殺人も起こってしまうものの、叙情的と言ってもいい作品ですね。解説で著者自身が、「 いま思うと、この作品のテーマは 「 恐怖 」 ではなく 「 喪失 」 だった 」 と述べていたことが語られていますが、まさに喪失感に溢れています。 9.11により多くのものを失ったニューヨークを舞台に、愛し合っているけど別れた恋人たちが、待ち望んだ再会を前にして、お互いを庇おうとして、目前にいるというのに言葉も交わせず顔を見ることもできずに死んでいくというラストは何とも悲しく切ないです。

でも、愛し合っていると互いに思っているけど、実は既にお互いを失っていて元には戻らなかったのだということが、ここで明らかになっているように思います。 この持っていると思ったものが実はとうに失われていたということによる喪失感が一番大きい気がしますね。 そして、この結果をもたらした犯人は、最初から様々なものを喪失している存在のように思えます。

本筋にほとんど関係のない彼らの行動の目撃者というべき存在であるタクシー運転手や地下鉄に乗り合わせた女の子の視点から語られる物語から始まるという構成も面白い。鬼畜系作家としてしか見てなかったけど、ケッチャムって、かなりしっかりした作品の書ける作家なんだなぁと感心しました。

 

 

ヒッチハイク 』 はケッチャムのようでケッチャムじゃない感じの作品。サスペンスというくくりになるのかな。サスペンス+ノワールというのが適切かしら? 犯罪者連中は鬼畜だし、壊れかけてるらしいマリオンも鬼畜ですが、ジャネットが実にタフで素晴らしく、差し挟まれる微妙なのんきな感じのアランのパートも面白い。最後のどんでん返しは予想できますが痛快ですし、その後のおまけ的なのもいいですね。ミカ・ハープかっこいい(笑)

あと、嫌な奴なんだけど変な漢語を多用するビリーが結構好きだった^^; 私も時々あんなかもしれないとか思って f^_^;) 

そして、最後の最後のオチも予想外で感心しました。あれはあれでミカに恩を返したことになるのかな? 弟嫌いみたいだったし。 だったら一石二鳥、いや、クズをひとり始末できるから三鳥かな? うーん、ジャネット、かっこよすぎる! アランなんかにはもったいないね。あいつは不実な男だし、別れなさい!(笑)

 

『 雑草 』 は、これぞケッチャム!って作品です。冒頭から信じられないような吐き気のする鬼畜行為が始まって、わくわくします( あれ?)。 いや、ほんとにいきなりひどい話で、これまでの二作がマトモだったので鬼畜スイッチが切れちゃってて、最初読んだ時には、明確に描写されているにも関わらず状況が把握できなかったくらいなんですよ(T_T) まぁ、そういうのが読みたかったわけですが。

本作はいわゆるカップル殺人犯のお話なんですね。そう言うと、『 ナチュラル・ボーン・キラーズ 』 で有名になったミッキー&マロリーみたいなのをイメージされる方が多いかもしれませんが、本作のカップルは殺すことが目的や手段ではなく、性欲を満たすことが目的 ( 少女へのレイプや加虐が大好きらしい )で、その延長線上にやむを得ず殺人が来ているというところが全然違うんですよねぇ。それにどちらも生育環境や過去に何の問題も抱えてないし。同情する余地のない真の意味での鬼畜です。 あと、大抵のカップル殺人は男性にひっぱられがちなんだけど、この場合意は男女の立場が全く対等だし、シェリーは男を変えても同じことやってるし。 全く異常な人たちで過去に該当する殺人犯はいませんねぇ。あ、犯した罪の内容とか手口、容貌などからすると、明らかにポール&カーラがモデルだとは思いますが。心のあり方としては他にちょっと近いカップルがいるような気がするけど名前が思い出せない。うーん、やはり異常殺人犯データベースを作らなければ ( そんなもん作ってどうするんだ… )。

まぁ、そういう作品なので、殺人犯や異常者に興味のない人は絶対読まない方がいいと思います。残虐描写はさほどでもないですが、少女への陵辱や、それから生じる悲劇、自己中心的な犯人たちの言動などが不快なこと極まりないです。

 

『 川を渡って 』 は、かなり説明しづらい作品ですね。そして、人によっては構成的にも内容的にも読みづらい作品かも。 解説によれば、「 マカロニ・ウエスタン+ホラー 」 もしくは 「 ノワール・ウエスタン 」 らしいですが、私見ではそこに民俗学的というか呪術的要素みたいなものや、反戦思想みたいなものも入っている感じがします。そして、鬼畜シーンは実はこれが質も量も一番かも…。 少女を雄鶏の頭部で陵辱するって…。様々な鬼畜ネタを読んできましたが、これは最高峰 ( 「 高 」 はおかしいけど適切な表現が思い浮かびません… ) と言っていいでしょう(-"-;)

しかし、それをも乗り切る少女たちの生命力の強さと民族に対する誇り、圧倒的不利であっても敢然として悪に立ち向かい、わが身を犠牲にしても弱きを助け仲間の仇を討つという男たちの姿は感動的であります。でも、文字で読んでいると常軌を逸した部分が目立ってしまって、エレナに余り魅力を感じられないのが残念。これ映像で見たら凄いだろうなぁ。まぁ、かなりおとなしくしないと商業映画にはできないだろうけど ( でも、企画はあるらしいですよ(@_@;)。