『 「死体」を読む 』 上野 正彦

◆  「死体」を読む   上野 正彦 (新潮文庫) \460 評価…★★★★☆ <作品紹介> 東京都監察医務院の監察医として、数多くの殺人死体の解剖を手がけてきた著者。その経験に裏打ちされた眼は、迷宮入りの代名詞ともなった芥川龍之介の『 薮の中 』にさえ、真犯人を発見してしまう。他に、探偵小説の祖・ポーや性の深遠を描いた文豪・谷崎潤一郎などの文学作品、また帝銀事件下山事件など、未だに歴史上に謎を残す事件死体に挑戦する。 ( 文庫裏表紙紹介文より )
その筋では有名過ぎるほど有名な著者の作品なので、どうだろうと思ったのですが、「 芥川龍之介の『 薮の中 』の真犯人を発見  」 というのがどうしても気になって購入してしまいました。 そして、その章は、親本の原題が 『 「 藪の中 」 の死体 』 だっただけのことはあって、『 薮の中 』本編も付録として収録されているという行き届きようで、推理内容も含めて期待に違わぬものでした。 それ以外の、『 犬神家の一族 』 ( 横溝正史 ) 、 『 鍵 』 ( 谷崎潤一郎 )、 『 マリー・ロジェエの怪事件 』 ( エドガー・アラン・ポー )などのフィクションや、帝銀事件下山事件などのノンフィクションについての章は、そんなに感心するほどのものではないけど、充分に興味深く面白くはありました。 ※以下ネタバレ有り※ で、結論から言えば、『 藪の中 』 には真犯人はいないのだそうです。というか、正確に言えば、殺人犯は存在しないんですね。 侍の死は、その死霊の語る通りの自決だというのが著者の提示する真実なのです。 実際に本編を読んでいても、漠然とそうかなぁとは思ってたのですが、具体的な物的証拠 ( 刺創の形状や、残されていた縄の様子、血痕の状態など )と各人の心理状態や状況などを併せて論じられると、驚くほど明解になるんですね。 『 藪の中 』 の真相はいつまでも藪の中であって欲しいという気もありますが、この謎解きは実に爽快でした。 私の『 藪の中 』初読は多分小学生だったので、ほんとに意味不明でわけわかんないって感じだったのですよね。で、歳経るごとに何度か読み返し、一定の理解はしていたものの、こういう( どういうかは各自でご想像下さい )人間になってから読んだのはこれが初めてだったのですが、ほんとに著者の言うことがいちいち腑に落ちるので、びっくりでした。全ては血痕ですねー。いやはや。 でも、侍の死霊の語る話における盗人の妻に対する態度は、いつ読んでも納得できないなぁ。盗人の口説きになびいたのみならず、「 それならば夫を殺して 」 という妻に共感するわけではないけど、その心のありようは理解できるのだよね。そして、それは盗人もそうであるべきじゃないかと思うのですよ。 だって、そんな女だということを感じて惹き付けられたはずなのだから。彼女の発散していた強い魅力というのは美しさだけでなく、そういう気性からも成っていたと思うのですよね。 盗人の話での、「 女の眼を見た時に神鳴に打ち殺されてもこの女を妻にしたいと思い、猛然と男を殺したい気になった 」 という述懐がリアルなだけに不思議です。 で、仮に女の発言にひいたとしても、夫である侍の方に擦り寄ることもないと思うのだわ。( 「 あの女を殺すか?それとも助けてやるか? 」 ) でも、侍がここでそんな嘘をつく意味もないしなぁ。うーん、やっぱり謎は残るなぁ。 …と、これは本書の内容には関係のない本編についての感想です^^; ちなみに、著者は芥川龍之介が全て踏まえた上で書いたのだろうと言われてまして、それはそれで芥川の驚嘆すべき才能を示してはいますが、私はどちらかと言うと、筆の赴くままに書いた結果こうなったという方を採りたいですね。その方が天才らしい。