『 土の中の子供 』 中村 文則

土の中の子供 (新潮文庫)

 

◆ 土の中の子供 (新潮文庫)  中村 文則 ¥380

 

評価…★★★☆☆

 

<作品紹介>

私は27歳のタクシー運転手だ。幼い時に両親に捨てられ、引き取られた家でひどい虐待を受けた過去を持つ私は、ある事件をきっかけに施設に引き取られてからは、孤児だということ以外は、ごく普通の人生を送ってきた。人と話すことは苦手で、同年代の他の者と比べると覇気に欠けるところはあるかもしれないが、定職につき、まずまずの生活を送っている。

しかし、表面には現れない部分で、虐待の記憶は私を侵食していると思うことがある。高いところからものを落としたくなるのは幼い頃からのことだが、最近では自分の身を危険に晒すようなことをしてしまうことが多いのだ。被虐的な快感があるわけでも、死にたいわけでもない。自分にもわからない何かが身体の中で大きくなっているような気がするのだ。

そんな私をかろうじて日常に繋ぎとめているのは、同居している女性の存在かもしれない。別に彼女を愛しているわけでもないし、彼女も僕を愛してはいないだろうが。彼女もまた、心に傷を持って生きているのだ。

 

心に傷を持つ男女が相手に特別な感情を持たないまま同居生活を始め、それぞれに自らの暗い記憶に翻弄される日々を過ごすが、そんな中で各自が起こした事故がきっかけで、わずかながら心が触れ合い始め、やがて、ふたりで再生の道へと踏みだす。

2005年芥川賞受賞作。

 

 

他に『 蜘蛛の声 』 ( 仕事で思わぬ業績を上げた翌日から私はまともに動くことができなくなった。しばらくは部屋から一歩も出ずに暮らし、やがて、ふと思い立って土手で暮らすようになった。そして… ) を収録。

 

 

 

 

 

何か気の迷いで買ってしまった芥川賞受賞作。しかも、苦手な虐待もの。 これは、先日の 『 ふらんだーすの犬 』 が頭に残っていたせいかもしれませんね。それと、暴力によって傷つけられた精神の変容をどう描いているのかというのに興味があったし。

 

で、読後感は思いのほか良かったし、面白かったと言ってもいいんですが、正直微妙な点が多々あるんですね、この作品。古臭いっていうかベタっていうか。いかにも芥川賞らしいっちゃらしいんですけど、それにしては文章がちょっと…。あと、リアリティの面で少々…。これに芥川賞かぁ…、うーむ。

でも、その結構な瑕疵にさほどひっかからずに読めたし、読後感も悪くなかったから、やっぱり何らかの力がある作家さんなんだと言っていいのかもしれないですね。幼児期の虐待の記憶 ( 明晰な記憶ではなく、心の深奥にあるようなものも含めて )が精神をじわじわと侵食していく感じなどは、なかなか読み応えがありました。併録の『 蜘蛛の声 』 も結構面白かったし、まだ若い作家さん( 受賞当時28歳かな?)だし、これからに期待できるかも。気が向いたら今後もフォローしてみよう。

 

 

※以下ネタバレ有り※

 

 

 

 

ここからちょっと具体的に瑕疵をあげたいと思います^^;

 

まず、ふたりの同居の経緯等もちょっと何なんだけど、その同居女性の設定が嘘くさ過ぎる。何しろ名前が 「 白湯子 ( さゆこ )」 だし…(-"-;)

いや、個人的には、斬新だけど読めるし、字も音も悪くないし、意味的にも悪くない説明つけられるし、結構いい名前なんじゃないかと思って、ちょっと感心したのですが、こういう作品に意味もなく出す名前ではないですよねぇ。名前が出てくる度に気が散ってしまう。

 

で、この女性は、ほぼアルコール依存症みたいな状態なんですが、前後不覚になるほど泥酔 ( 描写からすると急性アルコール中毒みたいだけど )してたにも関わらず、2時間ほど休んだら心身共に通常の状態に戻っているとしか思えない様子で、主人公と会話できるんです。人によっては頭脳が明晰な状態でもできないレベルの会話内容です。あの描写に見合うほど酔ってたら、その時点では気分は物凄く悪いし、脳みそも動かないし、あんな会話をするのは絶対ムリだと思います。この作者、酒飲めない人なのかなぁ…。

まぁ、こういうリアリティのない箇所がちょこちょこあります。

 

あと、主人公の座右の書が『 城 』( 明示はしてないけど、当然カフカ作のあれでしょう )だとか、えぇ?みたいな感じのね。まぁ、これは微笑ましいと言えなくもないけど。

 

で、最もどうかと思ったのが、この題名に関わる話。 私はこの 『 土の中の子供 』 という題名に気を惹かれて本書を手に取ったんですね。 で、紹介文を読んだら幼児虐待がらみの話らしいので、なるほど、いい題名だなぁと思ったんですよ。

そして、本文を読んだら、なんと!主人公は本当に幼児期に土の中に埋められていたのです! 比喩じゃなくて叙景かよ(-"-;)

いや、最後に比喩的にも用いられているし、その土の中に埋められたくだりもなかなか面白い( ちょっとリアリティには欠けるが )のですが、ねぇ…。

 

うーん、こうして振り返ってみると、何故自分がこの作品を好意的に見てるのかがよくわからなくなってきました(*_*) もしかすると、主人公が再生に向けて踏み出そうとしているところで終わっているというその点だけで、好意的に評価しているのだろうか…。おいおい、お前はアメリカ人かよ(-"-;)

でも、確かに、こういう話に限って言えばバッドエンドは嫌いなんだよなぁ。理不尽に辛い目にあって、それでも努力してきた人は、絶対最後には救われなければいけないと思っちゃうんですねぇ。うむむむ。

 

まぁ、短い作品ですので、興味のある方はお読みになって、各自で判断してみて下さいませ^^;