『 セル 』 スティーヴン・キング

◆ セル (上)   (下) スティーヴン・キング/白石 朗 訳 (新潮文庫) 各¥740

評価…★★★☆☆

< 作品紹介 >

その日、仕事上で思いがけないチャンスを掴んだクレイは上機嫌で、妻へのちょっとした贈り物を買い、自分にもささやかな褒美としてアイスクリームを奢ることにし、公園の前のアイスクリーム屋の順番待ちの列に並んだ。よく晴れた穏やかな秋の日の午後、クレイは幸せな気持ちで周囲を見るともなく見渡していた。

すると、携帯電話で話をしていた女性が何となく奇妙な様子を見せ始めた。そして、そのどこが奇妙かを特定する間もなく、次の、もっとはっきりした異変が起きた。あちこちで奇声や悲鳴が聞こえ始めと思ったら、人が人を襲い殺し始めたのだ。正気を失い残虐な殺戮と破壊行動に走り始めたのは、周囲にいる全員ではないが、その数と破壊力はかなりのものだ。

とりあえず、安全な場所へと逃げ、警察を呼ぼうとした時にクレイは、あることに気付く。周囲で正気を失った人間は全員、その直前まで携帯電話で通話をしていたということに。

この最初の異変発生から驚くほど短時間で、世界は正常な機能を停止した。警察も報道機関も動いてない状態で、謎の現象の影響を受けることを免れたクレイら正常人は混乱しながらも、生き延びる術とこの現象の原因を探る。一方、携帯電話によって正常人とは違う何かに変貌した連中=携帯人は、破壊行動が一段落した後、また新たな動きを見せ始めていた。

一体何者によって、この現象が起こったのか? 携帯人たちの目的は? 離れて暮らす妻と息子は果たして無事なのか?


そりゃあ、面白いですよ、キングだもん。上下巻一気読みですよ。でも、キング作品の中では正直いまいちです。

まず、携帯電話という小道具のベタさ加減。次に登場人物の魅力の無さ。いままでのキング作品に比べると主要登場人物が少ないのに、その上に魅力的な人が少ないんですよ。まぁ、その代わりいつもだったら必ずいるようなムカつくような人物もいないのですが。で、盛り上がりに欠けるストーリー。私に言わせると緊迫感にも欠けるなぁ。ページ数も構成も全然違うんで比較すべきではないんですが、同じキングの終末物である 『 IT 』 と比べると、おいおいって感じですよ。

まぁ、あくまで軽く書いた作品と思えば良いのでしょうね。キングって多作なだけに短編なんかではハズレも結構書いているし、それらに比べれば余裕で水準以上の出来です。しかし、紹介文のように「 巨匠の会心作 」とは、とても言えないと思いますね。

※以下ネタバレ有り※

久しぶりの長編新作っていう期待感が大きかったのは否めないけど、やっぱりこれはダメなんじゃないかなぁ…。ふつうなら絶対死なないだろうってヒロインを殺したのはびっくりしたけど、だからってそれが特に評価に値するものでもないしなぁ。死に方が唐突過ぎるのよね。無意味ではないけど、殺さなくてもよかったんじゃないかなぁって感じだし。

とにかく、私は 「 携帯電話を使って何らかの電波を送って、人間の脳を初期化し新しいOSだかプログラムだかを再インストールする 」っていう設定が、たまらなく嫌なの(>_<)

余りに、ベタというか陳腐と言うか…。何か恥ずかしくなってくる設定です(T_T) それをこれだけの物語にする筆力を見せ付けたかったのかもしれないけど、キング作品という基準では余り成功してないし。

主要キャラがオヤジふたりと高校生くらいの女の子って組み合わせも何かイヤらしいし。そこにコンピュータオタクの少年が加わるってのがまたベタベタ。まぁ、このジョーダンくんは結構かわいいんだが。

そんなわけで設定が何だかなぁって感じで、キャラクターもどうもねぇという具合で、しかも、物語が全く盛り上がらないときてる。いや、下巻の始めまではまだいいんですよ。携帯人たちをまとめて焼殺してからの展開、特に校長が非業の最期を遂げたのなんか全く予想外だったし。しかし、問題はその後です。携帯人からも一般人からも手出しされない存在になってしまっちゃあ、面白くも何ともないでしょう。まぁ、その間にアリスが死んだりはするんですけど、この事件も全然面白くないし。クレイがやたらに妻子にこだわるけど、この話も大して盛り上がらないし。例によって、主人公の妻への愛情は表面的なもので、子供のためにはバカになるという感じでね。

レイの遺した仕掛けによる最後の反撃は、まぁまぁなんだけど、レイ自身に感情移入してなかったので 「 ほぉ、レイは脇役かと思ったらやるなぁ。よく出来た仕掛けじゃん。」くらいの感想しか抱けないのですな。「 誰にも知られないようにこんな仕掛けを作っておいて、その成功のために自ら命を絶つなんて、かっこよ過ぎるよ、レイ。でも、君は一体どんな人だったんだい? 僕らは君のことをまだ何ひとつ知っちゃいなかったのに 」って、感じで途方に暮れてしまう。

ああ、校長といい、アリスといい、レイといい、意志が強くて能力のある存在があっさり死ぬのがこの作品の特徴かも。

そして、仲間と別れて新携帯人となった息子を見つけ出し、インストールされた携帯人としてのプログラムを消去し、システムに保存されているであろう人間としてのプログロムを呼び出そうとするというラストが、何かまた微妙。キングが作中でよく使う身内の奇妙な造語みたいのが、今回は私にはえらく気障りだったせいもあるかな。物凄くベタにその語で終わるんでね。うーん、もしかすると私は電話が嫌いなんだろうか…。

あと文章でも少々気になるところが。翻訳はおなじみの白石 朗氏なのですが、「 掌底 」という語を何度か使っているんですが、これが気に障って仕方がなかったですね。だって、そんな言葉ふつう使わないでしょう? 文体にもそぐわないし、読者にも伝わり難い語を何故使うのでしょうか?理解不能です。「 掌底 」とか使うの格闘技関係だけじゃないのかしら?

他にもいくつか妙なのがあったけど、それらは多分原文ゆえという感じもしたので、まぁ置いておきます。原文読まずに翻訳に文句つけるのはよろしくないとは思うのですが、文章として気になるのだから仕方ないですよねぇ…。