『 あやめ 鰈 ひかがみ 』 松浦 寿輝

◆ あやめ 鰈 ひかがみ  松浦 寿輝 ( 講談社文庫 ) \580  評価…★★★★☆       <作品紹介> 冥界への入り口に咲くというあやめの名を持つスナックで同級生との再会を待ち望む男。酒宴のために仕入れた鰈を詰めたアイスボックスを抱えたまま地下鉄から降りることのできない男。横たわる妹のひかがみに触れた手が噛み千切られる妄念に陶然となる男。妖しく絡み合う三つの物語。  ( 文庫裏表紙紹介文より ) ------------- かなり気に入ったので自分で紹介文書きたかったんですが、そうするとある程度ネタを割らずにはいられないので、泣く泣く断念。でも、この紹介文は悪くはないですね。事実だけを書いていて、しかも興味を惹く感じ。 著者は芥川賞受賞作家だったりするんですが、本作はかなり幻想怪奇文学に近い感じで純粋なホラーとして読んでも悪くはないんじゃないかなぁと思いました。あ、若者にはわかりにくいかもしれないけど、歳をとるってこんなにコワイことなんだよって実感はできるかな?^^; 私は読んでて福澤徹三氏の作品に近いものを感じました。福澤氏の作品はホラーとくくるには文学過ぎる感じで、本作は文学というにはホラー過ぎる感じ(笑) まぁ、常々言っております通りジャンル分けって無意味だとは思うんですけどね。とはいえ、ジャケ買いするような人間にはある種の指針にはなるので、完全になくなるとそれはそれで困っちゃうんですが^^; あとエンタメだからって差別するのとか凄いむかつくんですけど、エンタメだと思って読んだら凄い重い内容だった時とかも困っちゃうのですが、まぁ、これは受け手の問題かもしれないからなぁ…。
と、冒頭から話が逸れ気味ですね。作品について語っていきましょう…と言いつつ、多分長い前置きがあるのですが^^; 多分今回はいつにも増して物凄くまとまりがないであろうことをあらかじめお断りしておきますm(_ _)m 私は著者の作品をわずかながらも読んだことがあり、割と好ましい作家として記憶はしていたのですが、本書を手にとった最大の要因は題名でした。だって、「 あやめ 」 と 「 鰈 」 と 「 ひかがみ 」 ですよ? この三者が同列に並ぶ状況って想像できます??? 更に言えば、私はこの三者全てにかなり好感をもっていたりもしまして。 言うまでもないことですが、あやめは5月の花として有名な菖蒲とよく似た花の名前です。花の名前と言うだけでも美しく好感が持てるのですが、 「 いずれあやめか杜若 」 という表現があったりもする ( 単に見分けがつきにくいという意味でも用いられるみたいですが、私はどちらも優れていて優劣つけ難いという意味で解釈してます ) し、何より語感が美しい。 鰈は 「 左ひらめの右かれい 」 と言われるところのあのお魚ですね。 ( ちなみに左ひらめの~は必ずしも全ての種に適用できるわけではないらしいです。割と最近知ってショックでした… ) 私は相当な魚喰いなので無条件に魚全般に好意をもっていますが、鰈は食べ物として以外にも色々と面白い存在ですよね。いや、生でも焼いても揚げても煮てもいいって存在でありながら、ヒラメよりは下に見られてる感があるところとか、その食材的な意味でも語りたいことはあるんですが、まぁ、それは割愛して。私が何より気になるのはその字面です。魚偏に世と木で、何でカレイ? 虫偏に世と木だったら蝶なんですけど、両者の共通点は?もしかして、平べったいですか?そんな雑なくくりですか?とか調べればわかるであろうような不満に彩られた疑問を持ちつつ、でも、多分蝶から来るイメージで、「 鰈 」 って字はいいなぁとか思ってるわけなんですが。 で、最後のひかがみね。これは一般には余り認識されてない語のように思われますが、ひざの裏の部分を指します。あの折れ曲がる部分ですね。いやぁー、いいよねぇ、ひかがみ!って、言うとおっさんぽいですし、実際に凄いおっさんくさいことを過去に言ってもいるのですが、私はこのコトバ自体がそもそも好きなんですね。だって、日常生活において、ひざの裏の部分とかに固有の名称が必要だと思います? ちゃんと調べたことはないのですが、音を聞くかぎり大和言葉だから日本人が作ったものとして認識していて、そういう日本人の細かさ ( もしくは性的こだわり? ) を現すものとして、かなり気に入ってるコトバなのです^^; …と、そういう三つの単語が並ぶ題名に惹かれて手に取り紹介文を読むと、これらは全て独立した話なんだけど、どこかで絡み合っているらしい。しかも、かなり妙な雰囲気が漂っている。 で、購入、読破したわけですが、想像以上によかったですね。以前に読んだ作品も良かったのですが、それはかなり文学って感じだったのです。しかし、本作( 一応分けると『 あやめ 』 )においてはなんと! 冒頭から主人公が死んでしまうのです。それなのに、何故か彼の意識はあるまま話が進んでいく。そして、どうやら、出血等しながらも身体は動いているらしい。つまり、死人が何故かおとなしくしてないで動いているのですね。しかも、意思と知性をもって。ついでに言えば味覚もあるらしい(笑) で、死んだけど生前と変わらず行動できる主人公は、予定通りに仄かな想いを抱いていた元同級生が開いているという飲み屋に、仲の良かった元同級生との待ち合わせのために訪れるのですが、何故か両者ともに姿を現さない。それぞれと電話で話はしたものの、その内容は彼らもまた自身と同じところにいるようにしか思えなかった。つまり、現実的な目で見れば、それぞれに問題を抱えた中年男女が、実際に会えばもしかしたら状況が変わったかもしれないんだけど、実際には会えずに結局それぞれに非業の死を遂げたのかなって感じなんですが、この話の面白いところは最後は主人公は幸せな気持ちで終わるというところなのです。この展開で何故?って感じなのですが、そこはもう読んで下さいとしか言いようがないですね。 また、いちいち引用はしないですが、非常にぐっとくる台詞が多数ありました。物凄く痛いようでいて救済されるようなそれは、各自の置かれた状況で判断は違ってくるのだろうなぁと思いましたね。あ、そっか。そういう意味では、人生でツライ思いをしたことがない人はこれを読んでも全く怖くもないのかも。うーん、そこが文学とエンタメの分岐点なのか??? 『 鰈 』 は、かなりホラーっぽい設定。でも、怖くはないんですよね。主人公は物凄くわかりやすいダメ人間なんですが、それでも主人公だし、年老いていたり職人経験があったりすることもあり何となく同情的に見てるんですが、過去に幼女に悪質な性的イタズラをしていることが明らかになった時点で、もうアウトです。コイツは過去の亡霊にとり殺されればいいって感じで全く同情できなくなるんです。しかも、最後に多分死ぬだろうなって時にも 「 いろいろと醜悪なことをやらかしてきたものだが、後悔することなどなにもないな 」 とか言いやがるしね。 私はいわゆる悪人とかに比較的寛容な人間なのですが、年少者に対する性犯罪者はだけはほんと許せない。 まぁ、だからと言って、昨今の児童ポルノの取り締まり ( 画像を持ってるだけで犯罪とか )に双手を挙げて賛成するかというと、それはまた別問題なのですが。世の中から児童ポルノなんてなくなって欲しいとは思ってるけど、それで救われる人々( これは色んな意味で ) が確実にいる以上画一的に規制するのもどうかと思うわけで。性と法律と貧困に関わる問題って難しいですよねぇ…。 これに精神が関わってくるともうどうしたらいいかって感じなのですが、いずれも早急に解決すべき問題なんですよねぇ。はぁ…。 ラストの 『 ひかがみ 』 は道具立てからしてホラーって感じ。全体的にエロティックなところもそれを助長してる気がする。でも、このわかりやすく、少々扇情的な設定が逆にちょっと魅力を減じてる感じがしないでもない。まぁ、作品集も3作目ともなると、読み手もスーパーナチュラルな感じな何かが起こるのを期待してしまってるから損してるというのもあるかな。でも、蛇という小道具はやっぱりちょっとやり過ぎ感があるなぁ。 そんなわけで、私は冒頭の 『 あやめ 』 が一番良かったかな。 書名から察するに収録されている3作品は特に分けられてないようなのですが、別々に読んでも全く支障ないですし、逆に言えば併せて読んだが故の面白さというのもさほどないです。そういう意味では連作短編の巧者・伊坂幸太郎には到底かなわないって感じ^^; でも、ほんとに僅かなところで、ある人とある人の人生が重なってるんだと思わせてくれる本作もなかなか味わい深いものではあります。 ( 2008年12月読了分 )