『 あなたに不利な証拠として 』 ローリー・リン・ドラモンド

◆ あなたに不利な証拠として    ローリー・リン・ドラモンド /駒月 雅子 訳 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ) ¥798 評価…★★★☆☆ <作品紹介> 警官志望のキャシーが助けを求める女性のもとに赴いた時、その胸にはナイフが突き刺さっていた。彼女はレイプ未遂犯の仕業だと主張するが、刑事は彼女の自作自演と断定した。だが6年後、事件は新たな展開を見せる。 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短篇賞を受賞した「傷痕」をはじめ、一人の男を射殺した巡査の苦悩を切々と描く「完全」など、5人の女性警官を主人公にした魂を揺さぶる10篇を収録。 (文庫裏表紙紹介文より) バトンルージュ市警に勤務する5人の女性警官それぞれを主人公にした作品が、それぞれの主人公毎に時系列で並べられている。それぞれの作品内の時間はバラバラで、5人の中には直接交流のある者同士もいれば、共通の知人がいる者も、全く無関係な者もおり、その関係は様々で、それぞれの作品内容には関係性はない。
面白いことは面白いのですが、本作はミステリでは全くないですね。こういう分類が許されるのなら、ミステリの要素のない警察小説です。私の印象としては極めて純文学に近い作品です。作中で描かれる警察官たちの公私の様子や女性警官の葛藤や何かが余りにリアルなので、著者略歴を見たところ、やはり元警察官なのですね。ますます純文学だ。 帯の惹句(「 素晴らしい!素晴らしい!もうこれほど素晴らしい小説を読んだのは、いつ以来だろう 」) は誉めすぎだと思うけど、ミステリを期待して読み始めたら全く違う作品だったのに読後に裏切られた感がないほど面白い作品だったのは事実ですね。 何だかんだ言っても働く女性と働く男性が同一には扱われない社会の中で、特殊な職業である警官という職についた女性達の、職に就くまでの、そして就いてからの内心の葛藤や、家庭や恋人や自分自身、そして仕事について等の様々な問題とそれに対応する彼女達の様子が実にリアルに描かれており、職業に関わらず、働く女性もしくはその経験者には色々と胸につまされるものがあります。 そして、女性ということに関わりなく生ずる警察官としての問題も非常にリアルです。犯罪大国で民間人も銃の持てる国であるアメリカの警察官だけに、仕事上の問題は、死体への対応の仕方から、ダイレクトに自分や被害者、加害者の命に関わるものまであり、日常的な事柄であってもかなり重いです。 自分が何を信じ、何を優先し、何を守るか、そして、そのためにどう振舞うのかという問いを常に突きつけられているような生活は私にはとても耐えられないと思いましたね。まぁ、そういう迷いのない人が就くべき職業なのだろうけど。 全体的にほんとに迫ってくるような力のある作品ばかりなのですが、特に 『 味、感触、視覚、音、匂い 』 の描写は細密でリアルで、作中人物に感情移入ではなく感覚移入してしまいました。 ちなみに本書の題名は、いわゆる 「 ミランダ警告 」 から取られたフレーズらしいです。アメリカのミステリやサスペンスを見たり読んだりしてると、警官が被疑者を逮捕する前にお決まりの文章を読み上げるシーンによくお目にかかりますよね。あれです。 黙秘権や弁護士についての扱いなどの4項目があるらしいのですが、なじみ深いのは 「 あなたには黙秘権がある。 」 「 あなたの発言は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。 」 のふたつではないでしょうか。 で、この後者のフレーズが題名になっている意味は、収録されている作品群を読めば確かに理解できるんですが、私は本書にはもっとふさわしい題名があったような気がします。 こういうミステリっぽい気の利いた感じの題名ではなく、もっとストレートで骨太な感じの題名の方が作品内容にふさわしいのではないかと思うのですよね。警察小説というジャンルにとらわれることなく、読まれるべき作品だと思うし。各作品の題名は、どれも実にシンプルでストレートで良いのですが。