『 有栖川の朝 』 久世 光彦

◆ 有栖川の朝  久世 光彦 (文春文庫) ¥520  評価…★★★☆☆ <作品紹介> 人生は〈 配役 〉の問題だ。殿様面の大部屋俳優・安間安間と、馬鹿で酒乱で美貌の三十女・華ちゃん。二人を拾った老女〈 川獺( かわうそ )のお月さん 〉は、彼等に王朝の衣装を着せ、ニセ華族さまの結婚でひと儲けをたくらむが……。実在の事件を題材に、可笑しくて切ない人間模様を絢爛豪華な筆致で描き出す、久世光彦最後の小説。  (文庫裏表紙紹介文)
事件を覚えておられる方は題名からすぐにピンとくると思いますが、2003年に起こった偽有栖川宮事件を題材に書かれた作品です。元の事件が既にご記憶にない方のために以下に概略を貼り付けます。( フリー百科事典 『 ウィキペディアWikipedia )』より引用 ) -------------------------------------------------- 有栖川宮詐欺事件( ありすがわのみや さぎじけん )とは、大正時代に後継者がなく断絶した有栖川宮家の末裔であると偽り、2003年4月6日に東京の青山でニセの結婚披露宴を開催して、400人の「 招待客 」から祝儀を騙し取った事件。 自称「 有栖川識仁(さとひと)」と詐称した男( 当時41歳 )と、その「 妃殿下 」( 当時45歳 )は、同年10月に警視庁公安部が詐欺罪で逮捕した。2人の間には一切の恋愛関係、内縁関係、婚姻関係が存在しなかった。 -------------------------------------------------- ※ 以下は私の記憶による補足です。事実誤認等あるかもしれません m(_ _)m その招待客には数々の有名人が含まれていたことと、両被告の妙なキャラクターなどから、チンケな事件の割にはマスコミはかなり騒いでましたね。 確か最初は、自称有栖川宮は 「 自分は有栖川宮ではないけど皇族の血を引いている( ご落胤である ) 」 と主張してて、妻役は 「 私は彼が有栖川宮と信じていた 」 と主張して、双方 「 だから詐欺ではない 」 と言っていたのが、後には 「 有栖川という姓を自称して皇族風の衣装は着たが、宮家であるとは言っていない。単に有名人の方に招待状を出して結婚式を挙げただけだ 」 という風に主張が変わっていて、何だ、熊沢天皇系のヒトじゃなかったんだぁ、残念~と思った記憶があります^^; まぁ、いずれにしても伝え聞く情報からすると、確かに詐欺とは言い切れないんじゃないの?ってか、特に誰も被害を受けたわけじゃないんだからいいんじゃないの?って感じの事件でした。目的が金だったのか虚栄心だったのかも明らかじゃない感じだったし。 ( 両方が正解かな? ) ※以下ネタバレ有り※ で、本作の有栖川宮事件も構造的にはほとんど同じなんですね。偽の有栖川宮とその妻役を用意して、豪華な結婚式もどきをして、著名人を含めてたくさんの人を招待して、お祝い金や何かを頂こうという計画。でも、こちらの事件の目的は実は金儲けだけではないのです。だから、立案者は全てに亘って遺漏のないように、皇族関係の研究をしている大学教授について勉強し、法律面については弁護士に相談する、必要事項はメンバーにも学習させ、夜毎にミーティングを行うなど用意は周到に行い、式の準備も入念に行い、衣装も十二単を用意するという徹底ぶりで、ちょっと感心します。 そう、この実在の事件には存在しないプロデューサーとも監督とも言える存在、川獺のお月さんが何とも魅力的なんですよねぇ。上品でおっとりしている感じなのに意外と小才が利いていて実務能力があり、その上勉強熱心で用意周到。そして、70歳目前というお歳なのに、色事に関してだけは妙に生々しさを漂わせていたりして。最初はまるで正体不明で、意図というか、真の目的も不明で、どちらかと言うとやな感じのばーさんという印象なんですが、話が進むにつれお月さんの実像が明らかになってきて、気付くとこの妙な老婦人にすっかり魅入られているのですね。 これに対して、舞台上で主役をはることになっている2人は、かなり魅力に乏しい存在です。積極的に嫌なヤツだとかダメなヤツだいうわけではないのですが、何だかぐにゃぐにゃしていて、特に主義主張もなく、個人として捉えにくい。まぁ、華ちゃんは類稀な美形らしいので、表現形式が違ったら印象も違うでしょうけどね^^; ( 凄い美人だけど魅力がないっていう設定は活字で読むと凄く自然に受け止められるし、現実的にも理解できるけど、映像とかで表現しようと思うと物凄く困難ですよねぇ。 ) でも、2人ともとにかくお月さんには従順だし、何だかバカな子ほどかわいい的な魅力はあるんですね^^; そして、話が進むにつれて、単なる仕事上のパートナーだった安間と華ちゃんとお月さんの、3人それぞれが心が通じ合うような感じになってくると、もう完全に「 穴太衆 」として感情移入してしまって、読んでいてラストは一体どうなるのかと非常に落ち着かなくなってきます。やや人間的になってきたとは言え、安間や華ちゃんには、それほど肩入れはしてないのですが、もう、とにかく誰も傷つかないでって気持ちになってしまうのですね。確かに法律に触れるようなことはしていないけど、やはり境界線ぎりぎりのことだし、確実に人をだましてはいるし、更に安間や華ちゃんには恨みやしがらみのある連中もいるようだし。物語は破綻に向けて進んでいくのだろうなぁと思わざるにはいられないんです。 でも、やっぱり、これは現代のお伽噺なんですねぇ。意外にも、何とも絢爛豪華な大団円を迎えるんです。まぁ、文字で読んでいれば綺麗だけど、実際に見たらちょっと滑稽かもしれないですけどね。まぁ、その滑稽さもお伽噺的と言えば言えます。 しかし、滑稽といえば、あれだけ用意周到にしてきたのに、この大団円のために一つ明白な罪状ができてしまい、それが 「 公然わいせつ 」 だったというのも滑稽ではありますな^^; そして、大団円の後に終幕が訪れるわけですが、この場合のそれはお月さんの死という形で表れます。3人がお互い心を残しながらも別れて、その次の瞬間に路上で倒れ、そのまま事切れるという、普通なら哀れにも悲しくも思えるこのラストシーンが意外なほどあっさり受け入れられるんですね。ああ、お芝居は終わったんだという感じで。 何とも不思議なお話でした。 それにしても、70歳を目前にして初めて、自分ひとりで自分の人生を生きることになって、ふと 「 お伽噺をひとつ拵えてみようと思っただけ 」 というお月さんの気持ちはわかるような気がしますが、17歳の時から50年もの間、ただ一人の男の妾としてだけ暮らしてきたという設定が、実は既にお伽噺ですよね。そんな男もそんな女もこの世には存在しないと思うなぁ。