『心霊理論 異形コレクション38巻』 井上 雅彦 監修

心霊理論  井上 雅彦 監修 (光文社文庫) ¥960  

 

 評価…★★★☆☆

 

<内容紹介> おなじみ文庫書き下ろしホラーアンソロジー異形コレクションの第38巻。今回のテーマは題名通り「心霊理論」。序文によれば「そのココロは……幽霊ナル存在ノ本質ヲメグッテ考察スル小説集……。」だそうで、わかりやすく言えば、「幽霊や心霊というものについて分析したり思弁したりしつつ、同時に怖がらせるちょっと変わった幽霊小説」を集めたということらしい。それが成功しているかどうかは読んで判断してみて欲しい。

収録作品は以下の19篇(収録順)。 『ブラジル松』 春日武彦、 『共振周波数』 小中千昭、 『屋上から魂を見下ろす』 斎藤肇、『憑霊』 福澤徹三、 『古き海の……』 柄刀一、 『光の隙間』 藤崎慎吾、 『俺たちの冥福』 八杉将司、 『自己相似荘』 平谷美樹、 『くさびらの道』 上田早夕里、 『赤い歯型』 朝松健、 『祈り』 平山夢明、 『なまごみ』 遠藤徹、 『葛城淳一の亡霊』 梶尾真治、 『ホロ』 小林泰三、 『しゃべっちゃ駄目』 菊池秀行、 『自殺屋』 西崎憲、 『私設博物館資料目録』 井上雅彦、 『鳥辺野にて』 加門七海、 『そのぬくもりを』 傳田光洋 。

今回はおなじみのメンバーに、現役の精神科医で専門分野の著書多数に加えて文芸批評から小説までものする異才・春日武彦、『姉飼』でホラー小説大賞を受賞した遠藤徹、「皮膚には脳神経系と同じ受容体が存在する」という驚きの研究成果を示した著書『皮膚は考える』で話題を呼んだ工学博士・傳田光洋という3名のニューフェイスが加わっている。

 

 

正直なところ、最近は完全に惰性で買ってる異形コレクションですが、これは一体いつまで続くんでしょう(T_T) 分厚い本が38冊もあると場所とってかなわんのですが。

……と、のっけから後ろ向きなこと言ってますが、今回はテーマもメンバーも久々に実験的な感じで思ったよりは良かったと思います。ただ、小説として面白かったかどうかというと微妙かなぁ。編纂者自身も序文で述べてるように「幽霊」と「論理」は本来相容れない関係なんでね。私は逆にそこが面白かったけど怪談好きには嫌がられそう。

個々の作品についての感想をいくつか。 

 

※以下ネタバレ有り

 

 

春日氏の『ブラジル松』 は凄く面白い素材(ブラジルの密林に何故か一本だけ生えている松。その松には人間の精神に強烈なノスタルジアを惹起させる作用があった。この物質に曝された人間は麻薬中毒になったのと同じ状態に陥り、やがて廃人となっていく)なのだけど、敢えて妙な構成にしているのが不審。伯爵はお褒めになられてるけど私はぴんときませなんだ。

 

『共振周波数』 はありがちな話で良くも悪くもない。小中氏っていつもこんな感じのような気がする。

 

『屋上から魂を見下ろす』 。 登場人物の名前が変。ホウヤ(男)とリクホ(女)って何?なんか元ネタあるのかな。「悪魔の指の能力」(盆の窪辺りに穴を開けて命を奪うことができる能力。「穴を開ける」は比喩なのか物理的なのか微妙な感じ)はちょっと面白いんだけど結果として全然生きてないんだよね。これは理論が勝ちすぎた例かなぁ。

 

『憑霊』 は流石は福澤徹さんって感じで、作品集中で一番テンポがよく緊張感がある作品。理論部分も必然性があって浮いてない。登場人物同士のやりとりになっていてわかりやすいのも良いですね。オチがどっちとも取れる余韻のある感じなのも良くて、じんわりと怖い。総合点ではこれ一位かも。

 

『古き海の……』 は物凄く悪どい計画を立ててるのに凄く恬淡としてる奥さんが何というか魅力的。死んじゃうのは残念だわ。(※ふつうはこんな視点で読まない話です) あと、犯罪に至る動機と義兄とできちゃう流れがあんまり明確でないのも難点。

 

『俺たちの冥福』 はヤクザもの。大塚の兄貴がかっこいい。何かみんないい人だし、いい話な気がするけどラストに大いなる謎が。これはなかなか良くできたお話だな。著者の八杉さんはSFの人か。なるほど。

 

『くさびらの道』 はホラーというよりは終末SFといった方がいいような…。一応、「幽霊」って名称は出てくるけど、これはちょっとずるくないかな。しかし、新種の茸に寄生され体中(内外とも)にびっしりと茸が生える姿は確かにホラーか。そして、その状態になっても実は命はあり、その精神や記憶が寄生体である茸たちに利用され、健康体である人間が近寄ったら幽霊のようなものを現出させ、危害を加えるのを制止したり、おびき寄せて胞子を新たに植えつけたりする…というのもホラーではあるね。これ、映画向きかも。でも、劇場公開するにはグロ過ぎるか(笑)

仕掛けありグロあり涙ありでよくできた面白いお話ですが、幽霊話としては認めにくいのでベスト1にはできないなぁ。

 

えーと、いいかげん疲れてきたな。あと特筆すべきは朝松氏の一休ものが珍しくつまんなかったのと、井上伯爵の作品が珍しく面白かったことくらいかな。怖くはなかったけど。 そう、私は実は編纂者である井上氏の作品があんまり好きではないんですよ…。あとこのシリーズにおける様々な口上も。一言でいうとウザい。(言ってしまった!(@_@;) その知識量や熱意には感心するし、作品への評価は大抵の場合は大いに頷けるんですがねぇ。

 

おっと 『祈り』 を忘れちゃいけない。最近の異形コレクションを買い続けている理由のひとつでもある平山夢明氏の作品。うーん、まぁ色んな意味で平均点ってとこですかね。 子供を失って常軌を逸する母親とそれについていけない父親って、氏の作品の中で頻出するイメージだけど何か固着観念でもあるのかしらね。まぁ、現実的にもありがちな話だとは思うけど、今回の設定はちょっとムリがある気がする。車を運転できる年齢の娘に母親はそんなに執着しないと思うがな。息子ならともかく。

悪意に満ちたナカノさん(この人は絶対悪い人だと思ってたよ^^;)の独白とその後のあっけなくも猟奇的な最期が平山節って感じで愉快でした。 本作の理論的な部分は他の作品とは方向性を異にしてるようだけど、これもアリなんですね。確かに、幽霊小説における理論で最も自然なのは「幽霊を呼び出すための理論」ではあるよな。逆に盲点だった。

ラストの 「空虚な社会人として終えるか、充実した狂人として終えるか……」 という独白が胸に響く私はちょっと病んでいるな…(-"-;) でも、これに類した二択をこれまでの人生においてしばしば考えてきたし、今も考えるのだからやむを得ない。ちなみに、常に前者を選択してきたため今ここにいる。

 

あ、遠藤氏 『なまごみ』 もなかなか良かった。これは完全に理論部分がないと思うけど、筆者の高度な知性により隠蔽せられていて私ごときにはわからぬのやも知れぬ。この人、本作とか『姉飼』とかみたいのばっか書いてるけど東大出の現役研究者なんだよね。しかも文系・理系どっちもいける。以前プロフ見て驚愕したのでよく覚えている。何か同じ人間とは思えないよね…(T_T) 春日氏もだけど、個人にこれだけ能力の差があれば格差が生じて当たり前だよなぁ。

 

今ちょっと読み返したけど、今回深夜に読み終えて一気に書いたせいか何か変なテンションだな…。(ちなみに8/20に買って当日読了。これも最近では珍しい) まぁ、今さらこの分量を推敲する気にもならないから良しとしよう。変だというのもあくまで当社比だから、はたから見たら変わらないかもしれないしね^^;