『サンプル・キティ』明智 抄

サンプル・キティ 明智 抄 (花とゆめCOMICS) 全4巻 参考本体価格¥397 ※新刊での入手は困難

 評価…★★★★★

<あらすじ>
小夜子は夫・泰之と娘・香苗と三人暮らし。小夜子は高校卒業後すぐに結婚してずっと専業主婦であるためちょっと世間知らずであること、そして身内を早くに失っていることくらいしか特筆すべきことのないごく普通の幸せな家庭だ。
そんな生活の中、小夜子はアパートの隣に住む学生・二宮に妙に心惹かれる自分を感じている。それは彼が若くして亡くなった兄に似ているからなのか?
そんなことを考えているとある夜、小夜子は二宮が何者かに襲われる夢を見る。そして、翌朝出会った彼は夢と同じところにケガをしており、夢で見たのと同じシャツ、ただし血痕のついたものを捨てようとしていた。
不審な感じを抱きつつもそれが何とも特定できない小夜子は何の気なしに泰之にその話をする。
すると、それからの泰之もどうもいつもと違う。自分の知らないところで何かが起こっているらしい…。それは何?(1部)


福島和子は高校一年生。突出した頭脳と美貌を持ち、若くてきれいでかわいらしい母親と金髪で明らかに自分と人種の違う父・エリーとそれなりに幸せな生活を送っていた。
しかし、彼女は常に違和感が拭えなかった。その理由は……(2部)





1部、2部は私が勝手にわけたのですが、そう思って間違いないかと。
で、この話はその構成上あらすじをこれ以上詳しく書くとネタわっちゃいかねないんですよね。
なので、私の能力では全く魅力あるあらすじが書けなくて、ほんと悔しいです。

一応ジャマにならない程度に補足すれば、ジャンルはSFでESP系です。そこに明智抄の一貫したテーマである「動機は執着、愛で解決」があり、更にその中でも家族愛、特に母子愛に言及されている作品だと思って頂ければよろしいかな、と。

うまく説明できなくてもどかしいのですが、私はこの話を読むたびに泣きます。
初読は10代終わりか20代初めで、それから10数年の間何度も読み返しましたが、自分やそれをとりまく環境が変わっていても不思議ともれなく泣いてしまいます。こんな作品は他にはないです。(私はどうも明智抄作品に異常にシンパシーを感じる傾向があるみたいではあるのですが、それにしてもこの作品は別格。)





※以下ネタバレ有り※

今回で何度目の再読になるかわからないくらい読み返してる好きな作品です。
ただ、精神的にちょっとクる時があるのでいつも読めるわけじゃないんですけど。
最近はまんがを読みたい精神状態なので読んでみました。

明智抄はほんとに幼少時…は言い過ぎだけど小学校高学年から好きな作家で、しかも歳を経るにつれてその度合いが高まるという稀有な存在です。
私はまんがに関しては、子供の頃(中・高含む)とかなり好みが変わっていて、当時物凄く好きだった作品が今はあんまり…ってことが結構あるのですね。
もちろん、面白くなくなるというようなことはないけど、何か違うとか虚心に受け入れられなくなってるとか理由は様々ですが、それはそれで自然なことだと思うんですよ。
だって、「少女まんが(少年まんが)」なわけだから、対象年齢層から外れてしまえば面白くなくなっても不思議じゃないでしょ。
しかし、明智抄の場合は「少女まんが」であったことの方が逆に不思議。
出会いの作品であり私をノックアウトする作品であった始末人シリーズもかなりその傾向はあるんですが、この『サンプル・キティ』に至っては主人公が子持ちの主婦なんですよ!少女まんがなのに!
これって凄いことですよねぇ。いやー、ほんと『花とゆめ』って偉大ですわ。


で、本作品について語るとですね、これはほんとによくできたお話だと思います。
明智抄は多分一貫した世界観を持ってて、それに基づいた作品群を著してはいるのですが、完結してる作品って私の知る限りではこの作品だけなんですね。
まあ、それだけでもよくできていると言えるのですが(笑)、この作品は一応ハッピーエンドなんですよ(いや、その未完の作品群も多分そうなったんでしょうけど…)。
で、そのハッピーエンドも甘ったるいものではなく波乱含みであるとこなども良いのですね。
それとハッピーエンドになるために犠牲にされた脇役の人生に言及してるとことかも凄くいいです。
基本的に人死にがでるようなジャンルが好きなんですが、だからこそ逆にこの描写に胸を打たれるというかね…。
一瞬後にはミンチになる人達の背景とか感情とか説明されるって、なかなか無いことですよ。凄いぐっときます。で、その情報が殺す側の人間に流れるってのもなかなかないことです。しかも、事後に流れるんだよ。キツ過ぎ…。

こういうのがあるからこそ、それでも私はこうするんだという和子のラストに妙に力が入っちゃうんですよね。
別の角度から見れば凄い自分勝手で傲慢な彼女の行為が受け入れられてしまい、しかも応援したくなってしまう。やっぱ凄い。

ちなみに私は産む性ではあるけど現状産んでなく、できれば将来的にも産みたくはないなぁと思ってる人なんですね。それでも、前述の通り必ず泣きます。それも毎回号泣。
不思議なくらい毎回同じところで泣くんですよ。
それは終盤、和子があづさを無意識に(この無意識ってのがまたツライ!)殺してしまい、そのショックで(?)時空を飛んで、フリークと言われていたサンプルCと出会い、その歪められてしまった精神とシンクロしたり過去のサンプルB(遺伝子的には和子の実の母)とシンクロしてしまう辺り。
その後続く、身代わりに死んじゃう人の記憶とか、改めてあづさに会いに行く和子とか、もう今書いてても泣いちゃいそうです(>_<)
再読何回目か後からは多分老化現象(涙もろくなるんですよ…)と展開を知っているからこその感情の高まりみたいのがあって、余計に泣いちゃうのかなぁと思ったりはしてるのですが、明智抄のこのテの作品を読むと私はもれなく泣いてしまうので理屈ではないのかもしれません。

あと、あづさがいい妻でいい母でいい人でもうたまらないよなーと思ってたんだけど、よく考えてみるとこれに出てる人は脇役に至るまでほとんどみんないい人ですね。
そう、明智抄の作品世界って意外と性善説な感じなんですよ。ああ、『砂漠に吹く風』にひとり完全に悪役が出るが…、うーん、でも彼は変質者だからなぁ…。
それに内面描かれてないから、もしかしたらいい人かもしんないし。あ、そうそう、その異常な欲求を購える範囲でしか満たしてないみたいだから、やっぱり結構いいひとなのかも…って、どんなフォローだ。ってゆーか、フォローする必要があるのか。

あ、あと、凄く地に足の着いたSFなところも面白いです^^;
ふつうに生きてたら人間って、現実からかけ離れたことを言われてその途端にSFモードになれるわけじゃないじゃないですか。
で、とりあえず全てを日常生活レベルに取り込もうとする小夜子の反応はまだしも、2部での、和子の遺伝子上の異父姉である香苗が和子のことを好きな同級生男子に和子の真実の姿を説明して、「福島が生体実験で生まれたエスパー……?」とシリアスに返されてるのに、「ああ……!!そういう言い方されると何だか私ものすごくツライ」ってギャグ顔で涙して背景は火山の噴火っての、今までにない切り口だよね。
こういう感じで基本は割と笑いが散りばめられてて、かなりリアルな感じに進行するのがまたいいんだよねぇ。

まぁ、そんなこんなで私の中では物凄く高い位置にいる漫画家さんである明智抄さんがもっと世間に認められて、完結した状態で本が出るようになればいいなぁと思うわけなのでした。

文庫も出ていますが、そちらも新刊での入手ももはや困難かな……。


サンプル・キティ 1巻


こちらも全4巻。新品での参考本体価格は¥552


明朗健全始末人

始末人シリーズは「明朗健全始末人」「鳥類悲願始末人」「百花繚乱始末人」「暗中模索始末人」「勧善掌握始末人」の全5巻。
このシリーズの題名も好きなのでつい書いてしまいました^^;
いまだに読み返すくらいほんと大好きな作品です。
こちらも文庫が出てましたが入手困難でしょうねえ……。