『 黒いカクテル 』 ジョナサン・キャロル

 

黒いカクテル (創元推理文庫)

◆ 黒いカクテル (創元推理文庫) ジョナサン・キャロル/訳:浅羽 莢子 ¥756

 

 評価…★★★★☆

 

<作品紹介> 今思えば俺とマイケルの関係は、その出逢いから運命的なものが感じられた。大地震で同棲していた恋人を亡くしたゲイの俺に「 きっとうまが会うと思うから 」と妹の夫が手紙で紹介してきたのがマイケルだったのだ。

妹の夫には好意は持っているが、そんな提案をされるような仲ではない。俺は、その提案にむしろ不快感を覚えて放置していたのだが、悲嘆と喪失感と孤独に自分が打ちのめされそうになっているのに気付いた時、ふと考えを変えて、教えられたマイケルの電話番号にかけてみることにしたのだ。

実際に彼に会ってみて、まず好きになったのは彼の話だった。マイケルは語り口ひとつで、些細な出来事を素晴らしい物語に変えることのできる能力の持ち主だったのだ。そして、一緒に過ごすようになって2ヶ月ほどして、彼に恋することは一生できないが彼の特質のいくつかは既に愛してるといっていいことに気付いた。恋人にはなれないがパートナーのような関係にはなれるかもしれない。

しかし、そんな微妙な関係が劇的に変化することになる。そのきっかけはマイケルの古い友人であるクリントンの出現だった。彼のことはマイケルの人生を変えた存在として何度か話を聞かされていた。しかし、実際の彼を見た時には驚かざるを得なかった。( 表題作 )

 

他、『 熊の口と 』、 『 卒業生 』、 『 くたびれた天使 』、 『 あなたは死者に愛されている 』、 『 フローリアン 』、 『 我が罪の生 』、 『 砂漠の車輪、ぶらんこの月 』、 『 いっときの喝 』 の全9篇を収録。

 

--------------------------

キャロルを読む者はいつも、ふと顔を上げると、何処とも知れぬ場所に置き去りにされた自分に気づく。読んでいたはずの物語さえ、唐突に別の何かに姿を変えているのだ――砂漠の車輪や、ぶらんこの月に! ( 文庫裏表紙紹介文より ) 「 ほんとうにあぶない本は、最初の一行でわかる、と思う ( 解説:桜庭一樹 ) 」

 

 


 著者は 『 死者の書 』という作品で相当な高評価を得てかなり有名な方なのは知っていたのですが、どうも性に合わないような気がしてずっと読んでなかったんですよね。長編しかないから、それで外れたら嫌だなぁというのもあって。

それがこの度、短編集が揃って近所の書店に並んでいることを発見したので、これは逃せない!と購入した次第です( しかし、重版でも再版でも新装でもない感じなのだが何なのでしょう?ちなみに2006年初版です )。

で、予想外に面白かったですねー。何だ、私たち意外と気が合うじゃん、ジョナサン! …みたいな(笑)

「 ダークファンタジー 」というレッテルで敬遠してたのだけど損してました。もっと早く読めばよかった。まぁ、長編はそうなのかもしれないけど、短編はそういう感じでは全くないですね。むしろクール。それも、アメリカの若者が言うような感じで^^;

描かれている内容は突飛であっても登場人物や細部はリアルで文章は簡潔。でも、描写とか文体は独特で、構成や展開の妙は驚嘆すべきものです。

解説の桜庭一樹氏が書かれているように、まず冒頭の文章が魅力的でぐっと引き込まれるのです。 たとえば、 「 なぜ心臓は打ち、煙草は燃え、ある種の犬はいい匂いがするのだろう? 答えはある。 」 ( 『 卒業生 』 ) とか、 「 世界で最も怖い音は、自分の心臓の鼓動だ。誰も言いたがらないが本当のことだ。深い恐怖のさなかに、秘密の獣となって巨大な拳でどこか奥のドアを叩き、出せと要求してくる。 」  ( 『 あなたは死者に愛されている 』 ) とか。 あるいは、 「 美人には嘘はつかない主義だった 」 ( 『 いっときの喝 』 ) とか。

 

もちろん、冒頭だけでなく作中にも同様な魅力的な文章が溢れています。 そして、大抵の場合は、そこからの展開に翻弄されながら何とか結びの文章に到達した時には、最初に漠然と予想していた着地点と己の今いる場所との差異の大きさに驚くことになります。

例えば、上に紹介のために一応表題作のあらすじめいたものを書いておりますが、これもまた凄いとこに着地します。この驚きは実際に読んで味わって頂きたいものです。あらすじ的にまとめてる部分も実際に読むとこんなものじゃないですしね。他の作品も構成上、内容を紹介しづらいものが多いので、いくつか引用した冒頭の文にぴんと来られた方は是非ご一読なさることをおすすめします。

 

 

※以下ネタバレ有り※

 

 

で、問題の 『 黒いカクテル 』なんですが、これ、ほんとに突拍子もない話なんですよね。紹介文に書いてる部分だけでもごくふつうだとは言えない感じの人達の話なんですが、実際はもっと奇妙です( 詳細は割愛 )。 そして、お話の基本になるのは、人間は実はもともとひとつだったものが5人に分けられて、この世に存在してるのだという設定。まぁ、プラトンの言うベターハーフ (人間は元々ひとつだったものがふたつに分かれてこの世に生れ落ちるので、全ての人間はその失われた半身を探そうとする…というような話。…ですよね?(^^;) みたいなもんだと思って下さい。

まぁ、この設定自体は強引ではあるけど何とか納得できます。ちなみに手の指が5本だというのは神がくれた最大のヒントなんだそうです(笑)。

で、ここからが妙で、大抵の人間はそのこと( 自分は五分の一であるということ )に気付かずに人生を終えるのですが、気付いてしまった人間は何故かそこで身体の成長が止まってしまうというのですね ( 作中では 「 凍結される 」という表現をされてますが、成長しない( 体毛なども伸びない )以外は自由に動けて、食事もできるし、思考も記憶もできるので、それはちょっとピンとこない感じ )。 そして、5人全員が揃うまでそれは解除されないと。

つまり、マイケルの友人クリントンはそのことに高校生の時に気付いてしまったわけです。そのクリントンの残りのパーツのひとつがマイケルであり、主人公のイングラムであるわけですが、それが理解されるまでに、そしてされてからも当然またゴタゴタします。

しかし、偶然目にした5人そろった状態にある人々の幸せそうな様と、彼らを取り囲む美しいオーラのようなものを見てから、イングラムも俄然5人合体推進派となり、様々な困難を経て合体に成功するのです。

この時点で既に最終ページになっており残すところわずか4行。一体どんなどんな結末なんだろうと胸を躍らせながら読み進みます。

「 それやこれやで二年かかったが、繋がるのに要した時間は一秒足らずだった 」  うんうん、それで?  「 その時の悲鳴! みんなどんなに泣いたか 」  …って、えええ!?

そう、何と合体したからと言って、みんなが美しく幸せになるとは限らなかったというオチなのです。

ちなみに、さっきの文の続きはこうです。 「 おれたちの真実の悲惨さ、色のおぞましさを知って。 」 

確かにそれまでに何だかあんまり成功したとは思えない述懐が書かれているようだけどと思ってはいたけど、まさかこんなひどいとはなぁ…。 そして、ラストの文章はこうですよ。 「 誰だって天国には行きたい。天国のような青に輝きたい。だが、真実は正義とも配慮とも無縁。自分の色を見つけたはいいが、そこに歓迎どころか流刑を見出す者の数はあまりにも多いのだ。 」 痛すぎる…。これが胸に迫らない人は幸せな人だわ。

この作品はほんとに痛いです。お話自体も痛いのですが、作中に色んな感情を呼び起こす文章がたくさんあり、ページ数の割には凄く濃い作品です。何ともない人には全く何ともないのかもしれませんが、多分そういう人はこれを読まないでしょうね。まぁ、痛い要素を差し引いて読んでも、この奇想と急展開は充分面白いと思いますが。

その他の作品もそれぞれ驚くべき奇想と展開、それに負けないリアルな人生と人間への考察と描写で成り立っていて、読み応えがあります。

 

非常に個人的な意見では、32歳の成功したビジネスマンが、ある朝目覚めると精神も肉体も32歳のまま10代の学生生活に戻っていたという『 卒業生 』がコワかったですね。

私、何故だか知らないけど、現在の精神のままで高校3年生になってる夢をよく見るんですよ。年に1~2回くらい見るかなぁ。

大抵は大学受験を目前に控えた冬くらいで、夢の中で、歴史を変えるわけにはいかないから実際に行った大学に行かなきゃいけないけど今の学力ではどの大学にも行けない!とかって凄い焦っているんです^^;

多分10年以上見続けてるなぁ。歳を経るにつれて内容が微妙に変わっていくのが面白いです。( 最初に見た時は死ぬほど焦って泣きそうだったけど、そのうち 「 ああ、またこの夢見てる 」って感じになってくるのですね。あと、年齢を重ねて学力が落ちた上にふてぶてしくなってるので、発想もそれに応じたものになっていく^^; )  

ただ、そんなに受験にプレッシャーを感じてたとか必死で勉強したとかいう記憶がないのに、どうしてこんな夢をしつこく見続けるのかがとても不思議。

あの時にもっと勉強していれば今の自分はこんなじゃなかったのにという後悔の表れなのかしら? それとも他の何かを警告してるのかなぁ? まぁ、基本的に私の見る夢は悪夢寄りなんですけどね…(T_T)