『真夜中に捨てられる靴』 デイヴィッド・マレル

(5月読了分) 真夜中に捨てられる靴 (ランダムハウス講談社文庫) デイヴィッド・マレル (訳=山本光伸) ¥893  評価…★★★☆☆ <作品紹介> ロメロはサンタフェ市警に勤めて15年になる42歳の警官。自分自身やそれをとりまく現状に満足しているとは言い難いが不幸というほどでもない、ごく普通の男だ。そんなある日、近所の教会の前に靴が一足落ちているのに気づく。 しばらく注意して見ていると種類や状態も様々なそれらの靴は、毎深夜誰かの手によって置かれているようなのだ。誰が何のために?何でもないことだと思いながらも妙にこのことが気にかかるロメロは張り込みを始める。無意味でかつ少々常軌を逸した行動に周囲は不審な目を向けるが彼には止めることができない。ようやく何らかの手がかりをつかんだかと思えた夜、突然の不幸がロメロを襲う。 その時から家庭も仕事も悪い方へ転がっていくが、ロメロは靴放置の犯人を捜すのをやめることができない。そして… (表題作) 他、『まだ見ぬ秘密』 (独裁者の厳命により反乱軍との戦いの中、謎の箱を死守することになった若い将校。その箱の中身は…)、 『何も心配しなくていいから』 (愛する娘を連続殺人鬼に殺されてしまったチャド。その日から彼は妻も仕事も放り出し、犯人が逮捕され死刑になるように尽力する。そして何年もの辛い日々の後、ようやく彼の努力が実る日が来たのだが…)、 『エルヴィス45』 (文学部教授のフレッドは20世紀アメリカ文化講座だと主張しエルヴィス・プレスリーの講義を始める。謹厳な彼にふさわしくないそのテーマに周囲は戸惑いを隠せないが、内容の奇抜さが受けたか講義の登録者数は増えマスコミにも注目される。そして…)、 『ゴーストライター』 (モートは70歳の脚本家。2年間の休業後に仕事を再開しようとした彼への業界の反応は冷淡だった。キャリアにも才能にも何の不足もないモートの書く作品は休業後も非の打ち所はない。しかし、移り気なテレビ業界では2年も業界を離れていた上に70歳になる彼は過去の遺物に過ぎなかった。怒りに震えながらも潮時なのかという考えがモートの頭を掠めた時、モートは彼を尊敬しているという脚本家志望の青年と出会う)、 『復活の日』 (アンソニーが9歳の時、治療法の発見されていない父は死病に侵される。業務上の事故による疾患だったため父の勤務先から人体冷凍技術の費用を負担してもいいという申し出があり母はそれを受け入れる。しかし、治療法は発見されないまま歳月は過ぎていき、状況は良くない方向へと変わっていく。母は眠ったままの父と離婚し別の男と再婚、勤務先からの費用負担の打ち切り、冷凍保存会社の破産…。しかし、アンソニーは諦めなかった。そして、とうとう父が目覚める時がきた。)、  『ハビタット』 (舞台はどこともしれない研究施設のようなところ。そこにジャミーという20代後半の女性がひとりでいる。彼女は契約により何らかの実験に協力しているようだが…)、 『目覚める前に死んだら』 (1918年の夏のある日、勤務医であるビンガマンのもとにひとりの少年が運び込まれた。症状は高熱と咳。ありきたりの症状ではあるが原因が特定できず病名もはっきりしない。同僚の誰もが大したことはないだろうという中、ビンガマンは妙にその少年のことが気になり調査を始めようとする。するとその夜、少年が死亡したという連絡がある。そして、そのことに驚いている暇もなく、少年の父と少年の友人二人にも同じ症状が出たという報せが飛び込んでくる。これが地獄の始まりだった。) の全8篇を収録。 ※何となく全てにあらすじ付けてみたら凄く長くなったんで、あらすじ分だけ色変えてみたら変な体裁で見づらくなった…。すんません…。
---------------- 例によって帯の惹句につられてのジャケ買い本^^; まずミステリアスな題名に目を留めて、内容を見ると、「刻々と歪んでいく、隣人たち。 落し物の蒐集、娘の復讐、主君への忠誠……狂気に堕ちゆく男の8つの数奇な物語」。 おおー、いいねいいね。好きだねそういうの。で、「S・キング、J・エルロイ、D・クーンツ絶賛!」…と来ちゃあ、こりゃあ買わないわけにはいかないでしょ。 で、結果は、うーん…。まぁ、正直なところ「S・キング絶賛」って結構眉唾なんだよねっていうか、彼の作品が素晴らしいからって言って彼の評価する作品が素晴らしいとは限らないんだよね。当たり前っちゃ当たり前だけど。好みの問題もあるし。ただ、今回はJ・エルロイが出てたので(彼、こういうのに名前出るの結構珍しくないですか?)、これは…と思ってね。で、結果はうーん…。 …と書いたものの、実は作品はかなり良いものなんですよ。今回あらすじ書くのにぱらぱらと再読してちょっと感心したもん。ただ初読の時は惹句で目が曇っててさ、えー、そんな大したことないじゃーんと思っちゃったんだよねぇ。裏表紙にも「『妄執』をテーマに狂気に堕ちていく主人公たちを描いた」ってあるんだけど、それ違くね?で、そういう気持ち(私の場合で言うと変な人や壊れた人の話が読みたいなぁという鬼畜系とかを読むのに近い期待感)で読んじゃうと何かがっかりしちゃうんだよ。これはほんと何か損した感じですね。先入観無しに読むべきだった。 いや、ほんとね、むしろ結構ヒューマンないい話なんですよ。こういうの「妄執」とか「狂気」っていうのひどいだろ!って感じ。確かにみんなちょっと常軌を逸したり逸しかけたりしてるんだけど、その心の動きとかは充分に共感できるものなのね。いわゆる鬼畜系とか異常犯罪系とかの意味わかんない人たちとは全然違うのよ。 この惹句書いた人が本気で「狂気」と思ってたんだったら、その人逆にヤバい気がするけどなぁ。あと、異常心理系とか好きな人を釣ろうとわざとそういう書き方したんだったらふざけんなって感じ。そういうの好きな人は読後不満だし、本来の手に取るべき人はおそらく拒絶しちゃってるだろうし、何より作者に失礼でしょ。 …と、つらつら書き連ねてきたけれども、私の感性に難がある可能性も拭えなかったりはするが。 では、前置きはいい加減にして個々の作品についてコメントするとしましょう。  ※以下ネタバレ有り 表題作は確かによくできてる。なんか久々にほんとに心から驚愕のラストって感じ。張り込み中にひっかかったルークはやっぱり何かあるんだろうなぁとは思ってたけど、市場で再会したと思ったら実はそっくりな兄弟で、それも実は4人兄弟で…ってなってきてからは、え?え?って感じで。 兄弟だけで農場で有機栽培の野菜を育てながらひっそりと暮らす好青年たちが、実は長男を教祖とするミニカルト教団みたいな連中で大地への生贄と称して多くの命を奪っており、それが厭になった次男が自らの免罪と被害者の魂の救済を祈念して教会の前に被害者の靴を捨てるようになっていた。そして、その靴にひっかかったのがロメロだった…とはねぇ。いやはや。 しかし、この作品についてあの説明(「毎夜捨てられる靴を回収するうちに靴と犯人探しの虜になってしまった警官を描く」)って、違うだろ?とまた突っ込んじゃうけど。しかし、作者前書き(一篇ごとについてるのだ!)に「この現象(毎日違った靴が道路に放置されている)は我が家の近くで実際に起こり、全米の他の町でも同じ現象が確認され始めたのだ」というようなことが書いてあるのだが、そのことの真偽と詳細が知りたいなぁ…。 あと、もひとつ個人的に気になったこと。作中で「マークやルーク、それにジョンもいるんなら、マシューっていうのもいるんじゃないか?きっときみたちは四人兄弟だろう?」って台詞があるのですが、これは多分聖書がらみの話なのですね。それぞれ、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの英語読み。ちなみに四人とも十二使徒の一員で、それぞれの福音書もあることで高名(って、表現変かな…。キリスト教詳しくないんですみません…)。 で、これってさ、キリスト教文化圏の人にはすぐピンとくることなんだろうけど、そうじゃない国の人にはまずわかんないじゃないですか。私もすぐにはわかんなかったけど、どうやら決まり文句とか常識的なレベルの話みたいだから多分聖書だなと思って気づいたわけですよ。こういうの全く説明無しって不親切じゃないかなぁ。特にこの場合、微妙に伏線というかひっかけというかになってる感あるし。まぁ、訳注嫌いな人もいるし会社の方針とかもあるし、強くは主張しないけど私はどこかに説明が欲しかったなぁ。こういうのに遭遇すると翻訳ものって難しいなぁと思いますねぇ。 後はさらっと。『まだ見ぬ秘密』…箱の中身は独裁者の妻の特殊加工された死体。憧れの人の美しい死体を間近にした(他の理由もあるが)将校の狂気。まぁ、ありがちだけど○。 『何も心配しなくていいから』…殺された娘の復讐のために犯人を死刑台へと送ったつもりでいたら、死んだ娘から「こっちの世界にあいつが来た!」と助けを求められ助けに行く父。つまり自殺するわけね。うーん、結構奇想天外。単に全ては父の妄想・狂気なんじゃないかって読み方もあるんだろうけど私は事実として読んだ。 『エルヴィス45』…世代と文化の違いのせいかよくわかりません。 『ゴーストライター』…タイトルのまんまで予想通りの展開。よくできたよくある話。モートは才能も実行力もあって素晴らしいなぁ(笑) 『復活の日』…46年後に冷凍睡眠から目覚めた父は当然心も体も息子より若い。そのことによる各々の戸惑いや気持ちの行き違いや愛情ドラマ…だったらありきたりなんだけど、やっぱりひとひねりあるのね^^ 老年に達した息子が病に倒れ、今度は父がそれを冷凍保存するんだわ。いやー、いい話だ。たとえ妄執だ狂気だと言われようとも(イヤミ^^;)自己満足であろうとも、これだけ愛し合えたら当事者は幸せよね。しかし、筆者自身が息子を失ってるという説明を読むとちょっとツライね…。 『ハビタット』…人間が下位にある生き物を見るのと同じ目で人間を見る何らかの上位の存在。オチはイヤミ…というようなありがちなSF。 『目覚める前に死んだら』…ある意味これが最もショッキングな話でした。前書きを読む限り事実に基づいて創作されたもののようなのですが、1910年代にアメリカを襲ったスペイン風邪の大流行による地獄絵図です。この題名は比喩でも何でもなくて、患者は突然発症する激烈な症状により意識が混濁し失神し、そして猛烈な感染力のため看病してくれるような人は皆同じ状況に陥り、結局は一家全員が失神してるとも眠っているともつかない状態のまま死に至るという例が多くあったということです。私、ほんとはこういう話すきじゃないんですけど読む価値のある話だと思います。そして、こういう作品があるのにああいう惹句や説明はひどいとほんとに思う。(しつこい?) うーん、時間かけて飛び飛びに書いたせいか今回の感想は異常に長くてくどいですね…。でも、推敲する気力もないので、とりあえずこのままアップしちゃおう。