『秘剣』 白石 一郎

(5月読了分)


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秘剣 白石 一郎(新潮文庫)¥460

  評価…★★★☆☆

<作品紹介>

紀州藩御祐筆組組頭・須藤家の末娘の信乃は家中のしきたりに従い年始の客の接待を勤めていた。役目柄城内でも幅が利く須藤家には年始の客も多い。そんな中ひとりの青年武士の妙な振る舞いに信乃は眉をひそめた。家宝である杯を片手で受け取ろうとするのだ。しかし、咎めるつもりで見た志乃の視線を受け止めた男の視線も風貌も実にさわやかな澄んだものであった。その不釣合いさに戸惑いつつ酌をしようとした時、信乃にはその行動の理由がわかった。彼の左手の拳には指がなかったのだ。

後で周囲に聞くとその事情と彼の身元はすぐにわかった。実は彼は藩中でも悪い方での有名人だったのだ。彼の左手は武芸師範であった実の父に、その才を見限られ切り落とされたものだったのである。しかし、信乃には酌をする時に驚きのあまり酒をこぼしてしまった自分の粗相をさりげなく繕ってくれた態度やその風貌などから、実際の彼はその噂の人物とは全く違った人物に見えた。

そして、その信乃の想いがやがて思いがけない真実を明らかにすることになる。(表題作)

他、「隼人」「やってきた女」「びいどろ侍」「剣士無惨」「示現流颯爽剣」「ナポレオン芸者」の全7篇を収録。


※以下ネタバレ有り

十時半睡シリーズで白石一郎氏と出会ってからは、これは掘り出しもんとばかりに文庫で出てるのはかなり買い漁ったのですが残ってるもんですねぇ。

えーと、評価は★3つにしちゃったんですけど、時代小説って全体に凄くレベルが高いんでハードルあがっちゃうんですよね。完成度とかで言えばもっと高くてもいいのかもしれないんですが、まぁ、とりあえずこれで。

で、内容。標題作は剣術師範の家に生まれたのに運悪くどうも筋が悪い息子にキレちゃった父が「なまじお前が剣を使えると思えば未練が残る」とかむちゃくちゃ言って息子の指を練習中に切り落としちゃったことが始まりのお話。作中でこれが美談のように語られてるけど、どう考えてもそれって自分勝手な言い分の虐待だろとか思うんですが、まあ、それは置いといて。

で、それを美談とするのはまだわからんでもないんですが、その後その息子を軽侮する連中の気持ちが全くわからん。じゃあ、お前ら彼より剣使えんのか?っていう話ですよ。武士道的には自害するべきらしいんだけど、そんな目にあって生きてる方が絶対につらいよねぇ。ああ、そういや武士道って結構死んで逃げる的なとこあるよね。思考停止だよな。

いかん、つい感想が横滑りしてしまう。まぁ、そういう世間の悪意にさらされつつも息子・弥太郎くん(名前出すの忘れてた^^;)は淡々と生きているのですが、実は密かに何年も努力し、必殺剣みたいなものを会得していたのですね。しかし、ストイックにも自分の密かな心の支えにしてただけだったのです。ところが、そこに彼の余人にはなかなか気づかれない美点を理解する娘さんが現われて結婚したいと言ってくれる。

もちろん周囲は反対するが、娘さんの親御さんはなかなかできた人で許してくれる。じゃあ、この人たちが冴えない亭主をもらった家とバカにされないようにいっちょやったるかって、ことで秘密にしてた秘剣を明らかにする…というお話なんですが、まぁ、どうなんでしょう。いい話なんですかね?「鈍物」ってバカにされてた人が実は…ってのは割とよくある話だし、さほど感心もしないし…。しかし、まぁ、主要登場人物はみんないい人で最終的にはみんな幸せになるからまぁいいかって感じですな。

後は軽くコメントします。…とか言いつつ軽くない可能性大ですが、そこはお気になさらず。

『隼人』…秀吉が天下統一した頃の薩摩島津家の末弟・歳久に仕える地頭・梅北国金の「神経(しんけ)どん」ぶりを描いた話。神経どんとは「狂気じみてまっしぐらな男」というほどの意味だそうです。ちなみに私の母は福岡出身ですが、「キ○ガイ」って意味で「神経(しんけ)」ってたまに使ってました。

『やってきた女』…勝軍の侍が敗軍の侍に襲われそうになったところを後日の仕官の口を約束して見逃してもらう。冷静になってみると誠に恥ずかしい行為で、彼が来ても来なくても嫌な気持ちだと思いつつ数年が経過した。ある日、彼の妻だと名乗る女が現われ夫の遺言でこちらに参ったと言う。来られた側は喜んで彼女の面倒を見る。そうして平穏な生活を過ごすうちに彼の妻が病で亡くなり、親身に世話をしてくれたその女とつい深い関係になってしまう。ところが、正妻に迎えようという彼の申し出を女は頑なに拒む。不審に思っていると亡くなったはずのあの時の侍が彼の前に現われる。実は女は偽者だったのだ!裏切られた怒りにまかせて引導を渡すが、女が去った後に激しい後悔の念が押し寄せる。

で、追っかけていって、出会って多分ハッピーエンドなんでしょうね。いやー、みんな幸せでよかったじゃないですか。(←何か不満があるのか?)しかし、この話、すっごい読んだ記憶があるんだけど白石さんの別の作品集に入ってたのかなぁ?これも割とありがちな話ではあるけど。

『びいどろ侍』…お得意の長崎もの。幼馴染でもある同僚の死によって長崎藩邸へと異動になった無骨な侍。長崎でのカルチャーショックと友の死の意外な真相。面白いけど白石氏の作品の中ではありがちかな。しかし、私は正直者がバカを見る的な話は嫌いだ。

『剣士無惨』…軽輩だが優れた剣士である十五郎は御上覧試合でわざと負けろと言われたことにどうしても納得できず、格上の道場の面々を打ち負かしてしまう。師であり婚約者の父でもある道場主はそれを敢えて責めることはしなかったが敗れた道場から刺客が次々と送られてくる。そして、それをやむなく殺めてしまった時から十五郎の立場は罪人と変わった。

で、半分野生に帰った感じで逃げ回る十五郎とそれを追う友人と十五郎の婚約者が罠にはまって殺されちゃって、ひょんなことからそれを知った十五郎と友人のなじみの隠れ売女がムダと思いつつ奉行所へ走る…みたいな何かやりきれない切ない話です。

示現流颯爽剣』…時流に合わない薩摩隼人の悲哀。みよと鉄之助、結ばれてほしかったなぁ(T_T) それはムリでもせめて何らかの心の交流ぐらいさせてあげて欲しかった。

『ナポレオン芸者』…恋人でも何でもない西郷軍の密偵・木庭をかばって、警察の苛烈な拷問を受けながらも沈黙を守り通す芸者・おむら。何とか放免されるが、その拷問がきっかけで元々密かに巣食っていたらしい病魔がその体を侵し始める。ある日、別人のように病みやつれた彼女のもとへ木庭が訪れ求婚するが、彼女はそれを断る。「そうか、おどんの独り角力じゃったか」と苦笑して木庭は諦めるが、実はおむらも彼のことを愛していたのだ。

でも、彼は地元に許婚がいるし、そもそも私のことあわれんでるだけかもしれないでしょ?ってのが、おむらの言い分なわけです。その気持ちはわかる。わかるけど、それを酌んでやれない木庭は大馬鹿者だ!そんな女だってことぐらいわかってるだろう?わかってるから惚れたんだろう?なのに何でそこでの意地がわかってやれないんだよ!まさかわかってるくせに気づかないふりしたんじゃねーだろうな!と邪推して怒ってしまうくらい切ない話です(T_T)

実際は多分木庭は鈍いだけなんだとは思うんですけどね。で、そういうとこが女にモテるんだよなー。ああ、むかつく!…って、私はそういう男に全く興味がないですけど、世の女性を代弁して怒ってみました^^;

しかし、この話は文句言いつつもやっぱり泣いちゃいますねぇ(;_;)

ああ、やっぱり全然さらっと書けてない…(-"-;)