『 裏ヴァージョン 』 松浦 理英子

◆ 裏ヴァージョン  松浦 理英子 (文春文庫) ¥590

 

評価…★★★★☆

<作品紹介>

次々に書かれる短篇小説と、それに対する歯に衣着せぬ感想コメント。やがて感想は厳しい質問状となり、しだいに青春をともにした二人の中年女性の愛憎交錯する苛烈な闘いが見えてくる――。家族でも恋人でもなく、友達に寄せる濃密な気持ちの切なさ、そしておかしさを、奇抜な手法で描いた現代文学の傑作。 (文庫裏表紙紹介文より)

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どうしても自分で紹介文が書けなかったので、やむを得ず引用しましたが、私はこの紹介文はちょっと違うと思っています。ああ、自分の能力の無さが悲しい…(T_T)


松浦理英子は私にとって特別な作家のひとりだ。その存在は、深く愛していたのにいつのまにか別れてしまった若い頃の恋人に似ている。

若くて純粋な頃に出逢い、自分の知らない世界を教えてくれて、その世界にも本人にも深く惹きつけられ、その人との交流で得たものは今も私の中に色濃く残っている。

その愛は間違いなく真実だったと今も誇りを持って言えるが、そのことに向き合うのは気恥ずかしいし、今さら本人と顔を合わせるのにもためらいがある。

おそらく、もう愛しているとは言えないであろう今のその人と逢うことにより、かつての愛までもが色褪せたものになることを恐れるからだ。

嫌いになって別れたのではないとは言え、あの頃の自分と今の自分は明らかに違う以上、それよりも悪い事態が訪れるかもしれない。そんなことには耐えられない。

……と、本書へのオマージュとして常にない文章を書いてみました^^; 後で読んだら恥ずかしくて死ぬかもしれないなf^_^;

まぁ、恋人云々が事実に基づくかどうかは別として、松浦氏に対する感情は本当にこんな感じですね。大学生の時に、その特異な作品世界 ( 主としてSM要素のある女性同性愛の話 ) にかなり夢中になった作家さんなんです。めったな人には好きだと言えないような作品であるところもまた魅力的でしたね。そして、彼女が小説を書かなくなるのと私がオトナになっていく時期がちょうど一致していたため、他の加齢とともに(笑)読まなくなってしまった作家と違って、ほんとに理由もなく別れてしまったような形になってしまってるんですよ。ただ、その頃の自分と今の自分は色んな面で変わってしまっているので、今読んだら確実にダメだろうなと思って、雑踏の中で目にした親しく懐かしい顔に思わず声をかけてしまうように店頭で目にした本作を思わず買ってしまったものの、長いこと放置していたのですね。

でも、今はもっと早く読んでおけばよかったと思っています。葬ったつもりでいた若かりし自分を突きつけられてイタい思いをすることもなく、かと言って違和感を感じることもなく、ちゃんと面白く、かつ心に響く作品でした。もちろん、若い頃のような感動はないけれど、それはお互いの問題で。ああ、私達は離れていても同じように大人になっているのねって感じでした(笑)

こういう感じは本作の内容ともリンクしており、何とも奇妙で愉快な読書体験でした。相手が本当に若い頃の恋人だったら、こう上手くはいかないでしょうねぇ^^;

それにしても、私は帯の惹句と文庫裏紹介文は相当に感心しないのですが、一般的なとらえ方としてはこんな感じになってしまうのでしょうか? 作中の二人は色んな意味でかなり特殊な設定になってはいますが、文学少女だったり、オタクだったりして、同類とつるんでいた過去を持つオトナの女性は読むと確実にぐっとくると思います。男性にはちょっとわかりにくいでしょうねぇ。中学生くらいの女の子の同性に向ける友情が限りなく愛情に近い感じは、多分その頃サルになったりしていた男子にわかるとは思えないです(笑) 性欲の存在しない、でも、完全に切り離されているわけでもない愛情というのが理解できる人ならば少しはわかるかな? 

そして、性欲に支配されているわけでもなく、狂おしく愛情を求めているわけでもなく、友情に至ってはそういう感情を意識することもない、しかし、そのどれからも完全に切り離されたわけでもないという年齢になった時に、そういう感情がどのように変質するのかというのは私にもわからないですが、切なくはあっても痛ましくはないと思うんだけどなぁ。むしろ、羨ましい。

しかし、若い頃は事態を色々と難しくしていた性欲やセックスが、大人になると逆に関係性を簡単にしてしまう( 事態は複雑になることもある^^; )というのは面白くも悲しい話ですねぇ。あ、本作の場合はそれらが介在しないが故に複雑になってるんですけどね。

……と、書いてきて気付いたけど、恋愛もセックスもめんどくさいとか言う今の若者には、ここに挙げたいずれの感情 ( もしくは、そのもつれ ) も理解できないのかしら。うーん、やっぱり抑圧とか規制って必要ですよね。物事は何であれ、複雑な過程を経た方が楽しかったり、美味しかったりするものですよね。まぁ、壊れたり腐ったりすることもあるわけですが^^;