『 無痛 』 久坂部 羊

◆ 無痛  久坂部 羊 ( 幻冬舎文庫 ) \880

 評価…★★★☆☆

     

<あらすじ>

47歳の医師・為頼には特別な能力があった。人の外見に表れる情報だけで、その人の身体の内部の状態が正確に診断できるのだ。為頼に言わせると、それぞれの病状に応じて決まった徴候が現出するのだという。それは例えば、小さなシミであったり、無意識に現れる動きであったりするが、誰にでも見て取ることはできるもので、それで診断を下せるかどうかは知識と経験と勘の問題なのだと。

この能力があれば医師としては圧倒的に有利のように思えるが、為頼は神戸市内の安アパートで小さな診療所を開いているだけで、その能力自体もできるだけ隠そうとしているようだった。ところが、ふとしたことで知り合った臨床心理士の女性・菜見子にその能力を察知され、ある少女を診察して欲しいと頼まれる。

実は彼女の勤めるサナトリウムに入所している14歳の少女が、つい最近起きた教師一家4人惨殺事件の犯人は自分だと言い出したというのだ。最初は彼女の病気が言わせていることで、そんなことは有り得ないと思っていたうが、事実と一致しており矛盾のない具体的な情報を話してくるし、どうやら彼女には動機があると言ってもいいかもしれないということもわかってきて、放ってはおけない気持ちになってきたのだという。為頼は渋々ながら彼女・サトミを診察することにするが…。

サトミの告白の真偽が明らかにならないまま、菜見子の元夫による変質的な嫌がらせが始まり、為頼もそれに巻き込まれるなど次々と新たな事件が起こっていく。そこに、一家惨殺事件を追う刑事、為頼と同じ能力を持つが対照的な考え方を持つ医師や、彼に心酔する特殊な能力と障害を持つ青年らが現れ、事態は更に混乱していくが、やがて為頼は真相に気付く。


これは面白い!面白いんだけど、でも、うーん…と思うところが多数。なので、星は三つです。

多分ネタ盛り込み過ぎなんだと思うんですよね。で、結局書き切れてない。そのどれもが魅力的なだけに実に惜しいです。まぁ、それらが魅力的だからこそ、こんなハンパな出来でも読後は面白い!って思えたのでしょうけど。

※以下ネタバレ有り※

しかし、私は著者の作品は今回が初読なのですが、現役医師とは思えないエンタメ感ですねー。悪く言えば下品というか知性が感じられないと言うか…。まぁ、私はそういうのもキライじゃないんですけど、そんな作風だと思っていなかったので少々驚きましたね。精神的には問題ないかもしれないけど性格的には確実に問題がある男の描写なんか新堂冬樹かと思いましたよ(笑)

あと色々と表面的過ぎますよね。展開も不自然というかご都合主義というか。エピソードも投げっぱなしでやり過ぎだったり。特に冒頭の通り魔殺人事件はひど過ぎるでしょう。あれだけの事件( 子供をメインに何人もの人が惨殺され傷つけられる )なのに為頼に菜見子が興味を持たせるためだけのもので以降のストーリーに全く関係ないなんて!と驚愕しましたよ。ほんとに。

サトミがらみのエピソードは偶然多いし、やりっぱなしだし。匂わせといて明らかにしないというのを全て否定はしないけど、ちょっとねぇ。諸悪の根源とも言える白神の行動も末路も納得できない点が多過ぎる。まぁ、こちらは許せるレベルではあるけど、ヤツが黒幕なのはわかっていたので、もう少し説得力のある理由が欲しかったですね。弟がどうしたこうしたとかいう妙な怨恨を交えずに、「 興味本位でやったんだ 」と言ってくれた方が、むしろ納得できたかも。

刑法39条がらみはいいところもあり、どうかと思うところもありですが、まぁ、この中では良い方かなと思います。39条についてよく知らない人にある程度の実態を知らせることはできるし、これをきっかけに興味を持たせることもできるでしょう。ストーカー野郎がネットで検索して詐病しようとする様はなかなかリアルで良かったです。ああいうことやってるヤツたくさんいるんだろうな…ってか、いるんですよね、実際。ネットのない時代からいたんですから。

見ただけで症状がわかる医師というのは凄く魅力的な設定で、どこまで本当かわからないけど現役医師が書いてるだけに説得力があって良かったですね。その見える医師たちが語る医療のあり方なども興味深く、これだけで一冊書いてくれればよかったのにという感じがしました。今、医療モノ流行ってるしイケるんじゃないですかね?しかし、それだったら私は読まないかな^^;

それと、やはり医師だけあって、手術や解剖のシーンがリアルで良かったですね。ああいうのを取材せずに記憶や経験で書けるってのは物凄い強みですよねぇ。本作なんか相当にエンタメに徹していることだし、いっそ割り切ってグロ系書いてみて欲しいとか思ったりして。別名でもいいし、どうかしら?(^^;

同じ医療系でも精神系についてはちょっと微妙な感じですが、作中でのことだけかもしれないし実際そうであったとしても、それはまぁ仕方ないことですね。この辺は語ると長くなるし、語れるだけの能力もないので割愛しますが、この分野は色々と難しいです…。

難しいと言えば、題名にもなっている先天性無痛症という障害を持つ男・イバラの話がまた難しいんですよねぇ…。そもそも何故これが題名になっているのかが私は結構疑問なのですけど。言いたいことはわからないではないけど、色んな意味でこの題名じゃない方がよかった気がします。そして、障害を持つ人を犯人にしてはいけないとは言わない ( そういうことを言うのは逆差別です )けど、この人物設定はちょっと色々な意味で問題があるんじゃないかと思いました。医師という立場で、こういうのをどういう気持ちで書いてるのかちょっと訊いてみたいですね。こういう症状の患者に実際に出逢っていたら書けないんじゃないかなぁ。何か興味本位な感じがするんですよね。救いもないし。いや、医師であると同時に作家なんだから、そういう風に書いていけないと言うわけじゃないんだけど…、ああ、この辺は追究すると難しいですね(>_<)

で、最も大きな問題として、この話終わってないですよね?

まぁ、これで終わってると主張されるならば受け入れますけど、実際は続編が書かれる余地があるというレベルでなく、続編がないと納得できないというくらい終わってないと思います。これだけの大部の作品( 625ページ!文庫の厚さが3cm近い )を読ませておいて、以下続編ってのはあんまりだよなぁ。ここでつらつら書いてる疑問点や問題点が解決されて、小説としても面白い続編であれば読んでもいいけど、きっと面白くないに違いないし。

あ、この作品でひとつ積極的に評価したいのは早瀬刑事を殺さなかったところですね。しかも、左手首を切られて崖下に捨てられてたのに自力で生還って、かっこよすぎだろう(笑) 

別に全然好きなキャラではない(というかこの作品で感情移入できるキャラは皆無だ )んですが、とにかく殺せばいいってもんじゃないと思うし、何かほのぼのしたので、ここは高評価です^^;