『啓順純情旅』 佐藤 雅美

啓順純情旅  佐藤 雅美 (講談社文庫) ¥660  評価…★★☆☆☆ <あらすじ> 息子殺しの嫌疑で火消し頭の聖天松から追っ手をかけられる医師崩れの啓順は、伊勢の縄張り争いの最中、かつて救ったおきよが会いたがっていると聞いた。縄張りも捨て助っ人として向かった伊豆でおきよと再会し、互いの気持ちを確かめ合ったのも束の間、またも別れる運命に。 「逃亡者」啓順シリーズ完結編。  (文庫裏表紙紹介文より)
※以下ネタバレ有り※ うーん、最近の佐藤雅美氏のシリーズ物は巻を重ねるごとに主人公に魅力がなくなっていくような気が…。啓順さんは佐藤氏作品の主人公の中ではかなり好きだったのに残念です。桑山十兵衛といい、どうも本気の恋愛がからむとダメになっちゃうみたいですなぁ。 まぁ、本作の内容には結構不満があるのですが、最終的には初恋の相手と結婚できたし、医師にも戻れたし、結構幸せな生活を送れたようだし、めでたしめでたしで良しとしておきましょう。啓順さんは相当に理不尽な苦労してるから、せめてハッピーエンドじゃないと悲し過ぎるもんねぇ。 でも、個人的には、啓順が逃亡生活を送るはめになったそもそもの原因である健太郎の姉・貴美と結婚するというのはちょっとどうかなと思うんですが…。この人、一作目では啓順との間にあった淡い交情なんて忘れきった様子で、自分たちの保身のことしか考えてない言動をしてたんだけどな。でも、佐藤氏作品の登場人物って割とそういうの気にしないんだよなぁ。人間ができてるんだか諦めてるんだか女に余り多くを求めてないんだか知らないが。本作のきよとのくだりを見ると最後のが正解かもしれませんな。まぁ、きよの場合は、彼女自身が啓順を選んだ理由も、特に啓順の人間性を求めてないからどっちもどっちか。ちなみに治療の際に隠し所を露に見られたので…というのが理由。いや、別に当時の感覚を否定はしないけど、ねぇ。 まぁ、恋愛なんて勘違いみたいなものだから、そういう理由でもいいのかもしれませんが。 他の油屋騒動がらみの話や渡世人がらみの話はぼちぼちでしたねぇ。いつもとちょっと趣が違うんですよね。啓順も痛い目とかに遭わないんだけど、その分盛り上がりに欠けるというか。何だか痛快感がない。特に渡世人の方は今回かなり大掛かりな話になってるのだし、もっと面白くなってもいいはずなのにどうも余り感心できませんでした。特に聖天松との決着ぶりにはがっかりしましたね。何か全てが簡単にうまくいってる感じだからかなぁ。物語を収束させるためにはやむを得なかったのかしら。でも、うーん…という感じ。 ちなみに私の持論では、佐藤氏作品のどこがいいかと言うと、主人公がとにかくダメなところなんですね。と言ってもダメ人間というわけではなく、能力は高くて人柄も良い。それも聖人君子とか並外れたお人よしってわけではなく、それなりに自分の利益を計算したり女性に下心を抱いたりするところもあるけど、どっちかというと正義派という感じのごく当たり前の人柄の良さ。でも、色んな巡り合わせが悪かったり、周囲の人が並外れて図々しかったり自分勝手だったりして、何故かいい目にあわないんですね。女にも不思議なくらいモテないし^^; やっといい事があったかと思ったらすぐダメになるし、この女モノにできるかと思ったら勘違いだったりして。 『八州廻り』 も 『物書き同心』 も 『半次』も基本はそう。 『鏡三郎』 は結構いい目をみてるけど、彼は縮尻御家人になったというマイナススタートだからね。 ほんとにどの作品も主人公たちのそういうダメなところがリアルな感じで面白いんです。池波正太郎藤沢周平も大好きだけど、彼らの主人公達はかっこよすぎますよね。特に池波氏の場合は大人の男のメルヘンって感じがするくらい^^; そういう時代小説を読みつけてきた目には佐藤氏作品は新鮮でしたねぇ。 で、その中でも啓順が最もついてない上にダメな人なんです。友人の父親の頼みを聞いてちょっと身を隠しただけのつもりだったのに、気付いたら凶状持ちの仇持ちになっていて、わけもわからぬまま各地を転々として逃げ廻り、時には追っ手と戦う渡世人の生活になってしまったという設定がもう気の毒で仕方ない。で、その逃亡生活中も渡世人としての義理からやっかいごとに巻き込まれたり、元々志していた医術の腕を捨てきれず、そのため利用されたりトラブルになったりとさんざんです。しかも、大抵は人助けのつもりでしたことが自分には裏目になるんですよね。啓順シリーズ読んでると、この時代の人はみんなこんなにひどい人なのか?と思ってしまうくらいです。 まぁ、啓順もいいかげんに学習しろよって気も凄くしますが。 そんな啓順が本作ではダメじゃないのがどうもしっくりこない理由なんだろうなぁ。ハッピーエンドにするためにはダメなままじゃいられないってのはわかるんですがね(T_T) ああ、いかん、話がループしている…。 そんなわけで、これだけネタ割っててなんですけど、シリーズ未読の方は是非前二作( 『啓順凶状旅』、 『啓順地獄旅』 )を読んで頂きたいものです。