『江利子と絶対-本谷有希子文学大全集』 本谷有希子

江利子と絶対〈本谷有希子文学大全集〉  本谷 有希子 (講談社文庫) ¥420  評価…★★★★☆ <作品紹介> 人間の深奥に潜む、悪意、ユーモア、想像力を鋭い完成で描いた3作品を収録。 (文庫裏表紙紹介文より) 妹の江利子は何となく中途半端なひきこもりだ。両親に頼まれて東京で一人暮らしをする私の部屋で一緒に暮らし始めて1ヶ月たった日、私達が利用している私鉄の路線で12人の死傷者が出る事故が起こった。 その報道を目にした江利子は突然「前向きになる!」と言い出し、その手始めなのかケガをしていた子犬を拾ってきて「絶対」という名前をつけて飼い始める。その名前の由来は「絶対エリの味方って意味」というところからして何か間違っているが、一応何かを始めようとしているらしい妹を私はそれなりに生暖かく見守っていた。 そして、努力の甲斐あってか2ヶ月ぶりに通常の時間帯での外出を果たした江利子と私にある事件が起こる。 (表題作) 頭部に問題を抱えてしまったが故に元々のネガティブな性格に拍車がかかり、定職にもつけず猫だけが友人という陰鬱な中年男になってしまっていた多田。 ある日、彼は家の近所の隙間に潜んでいる女を発見する。その姿は完全にイッている人のそれで、その鬼気迫る様子に恐怖を感じながら自室に戻った多田のもとに何とその女がやってくる。ひとめ見ただけで容姿にも性格にも相当に難があるとわかるアキ子というその女は、どうやら多田の隣人に恨みがあるらしい。そして、この部屋の押入れで隣室を見張ると主張する彼女を多田はうっかり受け入れてしまう。 (『生垣の女』) 僕と吉見くんはここ1ヶ月ほど2学年上の波多野くんにむりやり遊び相手にされていた。それは僕らがいじめられっ子で他に遊び相手がおらず、波多野くんは学校一の問題児でいじめっ子のため遊び相手がいないからだ。 その日も近所の家の広大な敷地内に忍び込んで野球もどきにつき合わされていた。その広大な敷地にある古い家には結構な財産を継いだお兄さんがひとりで住んでいるということだった。しかし、行方不明になったボールを捜しに敷地の奥へ入っていった時、僕は何とも言えない違和感を感じた。その厭な感じは波多野くんに後押しされ、無理やり入り込まされた家の床を見た時に決定的なものとなった。そこにはたくさんの人間の爪跡らしきものがあったのだ。そう、無理やりひきずられていく女の人が渾身の力を込めて爪を立てたような。 (『暗狩』)
2冊めの本谷有希子作品です。いやぁ、面白かったです!単に私好みなジャンル(表題作以外はホラーっぽい)だからかもしれないけど、 『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ 』 よりずっといいです。あ、でも、ダメな人には全くダメなタイプの面白さですね。私はこれを読んで「おお、鬼畜系の新星だ!」と思ったというところで判断して頂ければよろしいかと^^;  ※以下ネタバレ有り※ 表題作は、優しいのか無関心なのか悪意に満ちてるのかよくわかんないお姉さんがある意味一番コワいんですが、江利子のトンチンカンぶりは確かに爆笑を誘いはする。お姉さんが 「未だにあれほど笑ったことはない」 という事件はほんとに秀逸なので簡単に紹介しましょう。 高校で作文を書いて屋上から全校生徒に向かって読むという企画に無理やり参加させられた江利子。その当日に屋上に上がった彼女は大きな半透明のゴミ袋を取り出して、 「エリをあんまり苦しめるな!死ぬぞ!」 と叫び、その袋に入って袋の口を中から縛ってしまう。そして、屋上から落下するが、近くの杉の木にひっかかりながら落ちたためケガはしたものの大したことはない。 そして、袋から助け出されたとき江利子「ほんとに落ちちゃったよ」 と泣いていたという。つまり単なる脅しだったのが足を滑らせたらしい。 ちなみに何故ゴミ袋に入ったかというと、 「このまま飛び降りれば後片付けも楽だから」 という親切心かららしい(笑) なんつーか、こういうヤツはほっときゃいいんじゃないのかねぇ。昔だったらこういうのは奉公に出したり女郎屋に叩き売ったりして、後は使い物になろうがなるまいが知らん顔できるんだけど、現在はそのへん不便ですなぁ。…と、きついことを言いはしましたが、エリちゃんは何かかわいくて許せる感じがあるんだよね。全体的に笑いを誘うところがあるからかなぁ。頑張って引きこもり脱してほしいものです^^; 『生垣の女』 がもう超ツボです!鬼畜系の新星現る!と小躍りしちゃいましたよ。ストーリーもだけど表現とテンポが最高です。冒頭の生垣の隙間へのはまり具合とそれに怯える多田くんの描写でぐっときちゃいましたね。ちょっと長いので、まとめつつ一部だけ引用します。 「そのジャスト隙間な感じたるや、テレホンショッピングの商品にセットでついてきても危うく階段脇に収納してしまいかねない違和感のなさ、「いやぁ、偶然ハマったら出られなくなっちゃって~」と聞かされても納得してしまうくらいの見事なナチュラルさである。多田は最初、それが生身の人間だとは到底信じられなかった」 しかも、その女は右手にマスタード、左手にケチャップの入った容器を握り締めていた。 「あの状況から判断するに、どーう考えても「フランクフルトがものすごく食べたいんですけど……」みたいなことではないっぽい。というかお腹の空いた人はあんなちっちゃいとこ入んないし、その前に大人はとりあえず隙間とかに入んない。え、……妖精?フランクフルトの?」 面白過ぎる。しかも、語りかけてる猫の名前「菊正宗」だし。でも、ひとつ異論があります。私は大人だけど時々隙間にはまってみたくなります。まぁ、人目に触れるところや抜けなくなるような危険性のあるところには入らないけど。すいません、物凄くどうでもいい話でしたm(_ _)m その後も地の文に最近の忌まわしき流行の断定なのに疑問形という用法 (説明する立場の人間が 「これが今年の流行?なんで、その辺をとり入れてちょっと遊び心を出す?みたいな」 というようなヤツ。あと注文するのに 「えーと、私はカフェラテ?」 とか、そういうの) を使うという画期的さ。そもそもの設定も無茶苦茶だし、この話はほんとに凄い。その後の瀕死の菊正宗をレンジで加熱しながら、突如 「最悪な恋愛しましょうよ」 と多田に迫るアキ子には鳥肌が立ちます。 しかし、彼女は 「愛情なんかいくらでも別の感情と区別出来なくなる。区別出来ないまま付き合ってる馬鹿な奴らがウジャウジャいる」 と言い、具体的な脳の騙し方、コントロールの仕方までわかっている(私見ではかなり適切なものだと思う)のに、何故ストーカーを超えた恐ろしい存在になってまで多田くんの隣人に執着しているのでしょう?ここまでわかってたら、こんな壊れ方はしないと思うんだけどなぁ。 しかし、極めてグロテスクに描いてはいますが、これって結構世の中にありふれてる男女の姿だって気がします。 で、 『暗狩』 。これは作者自身はホラーのつもりで書いてるらしいんですが、それはちょっと頷けないなぁ。殺人鬼に追い詰められる怖さより、家庭に問題があるらしい問題児・波多野くんの内面やいじめられっ子である僕の内心の様々な葛藤とか、そういう人間心理の方に興味がいっちゃいますもの。 あと、殺人鬼ということになってる男の描写が余りに少なすぎ。庭に女の腕を植えてるらしい的な描写があるだけで、殺しの描写も内面の描写もないし、子供たちの追い詰め方も全然殺人鬼らしい怖さがない。波多野くんのお姉さんなんか殺され損だよ。死人は多いようだけど現実感が薄いんだよね。人間の心の怖さ的なものはあるけど、それなら 『生垣の女』の方がよっぽど怖いわ。どっちかというと陰惨な 『スタンド・バイ・ミー』 みたいな印象だな。(あくまでイメージね。設定はかなりっていうか全然違います)