『葉桜の季節に君を想うということ』 歌野 晶午

葉桜の季節に君を想うということ 歌野 晶午 (文春文庫) ¥660  評価…★★★★☆ <作品紹介> 自称「何でもやってやろう屋」の成瀬将虎はいくつかの仕事をかけもちしながら気ままな生活を送っていた。そんなある日、年下の友人キヨシの口ぞえで同じフィットネスクラブに通うお嬢様・愛子からの依頼を受けることになる。それは、悪質な霊感商法の団体・蓬莱倶楽部の実体と彼らが愛子の身内の死に関わっているかどうかという難しいものだったが、元私立探偵見習いの経歴を生かして将虎は何とか調査を始める。 その調査の過程とそんな中で偶然出逢った麻宮さくらとの恋模様、蓬莱倶楽部に取り込まれているらしい古屋節子という女の記録と将虎の過去の思い出とが重層的に語られていき、最後に驚愕の事実が明らかになる。
2004年度このミス1位をとった時の紹介文とかを読んでから、ずっと読みたいと思ってたのですが文庫になるの遅かったですよねー。そんなわけで私の中のハードルは物凄くあがっていたのですが…うん、確かに面白かったですよ。読み始めたらぐいぐい引き込まれて一気に読めたし、いつぞやの 『イニシエーション・ラブ』 と違ってほんとに読み返しましたしね。でも、双手をあげるわけにはいかないな。 ※以下ネタバレ有り※ まぁ、この作品の最大の仕掛けは要するに主人公も女主人公も老人だったってことなんでしょうね。ついでに言えば、主人公の友人であるキヨシや愛子も主人公の妹も全員60歳超の老人。冒頭での援交女も老人かな…。 そして、もう一つの仕掛けは並行して進んでいる別の話の登場人物だと思わせていた吉屋節子と麻宮さくらが同一人物だということと、その節子=さくらは将虎を安藤士郎という人物だと誤認していたということ。あ、実際に将虎が安藤士郎を装っていた部分もあったというのも仕掛けのひとつか。 そんなに驚愕する程ではないけど、ははあ、そうでしたか!なるほどね、こいつは一本とられましたって感じでした。確かに全篇にわたってヒントは溢れてるんだよね。結構わかりやすいキイワードがいくつかあって、それに気付いた人はすぐわかっちゃうくらい。私はストーリーを追う方に夢中になっちゃって残念ながら気付かなかったんだけど、確かにずっと違和感を感じてたんだよね、面白いし主人公も魅力的なんだけど何か不自然なところがあるなぁ…と。 人物造型も何か変で(それは若者だと思って読んでるからなんだが)、特に麻宮さくらが変すぎる。主人公が運命の女とまで思うのに、私からするとどう贔屓目にみても気持ち悪い厭な女だったもん。 あと、将虎が私立探偵見習い時代に潜入捜査のためヤクザになってた時の話が併せて展開されてるんだけど、これが確実に感覚とか内容が古いんだよね。そういうのがラストの種明かしで、一応は全て腑に落ちるんだけど、気持ちのいいヤラレタ感がないのよねぇ。フェアじゃない点が結構あるし、よくできてるとは言い難い。 私が最もフェアじゃないと思うのは、キヨシの紹介にからめて将虎の年齢を匂わせてるところ。 「キヨシこと芹澤清が俺のことを先輩と呼ぶのは、たんに俺が七つ歳上であるからではない。やつは今現在都立青山高校の生徒で、俺は同校のOBなのだった」 これは文字通りに読み取るしかないだろうがよ。実際は60歳過ぎて定時制に入ったってことなんだそうだが、それは有り得なくはない話であってもどちらともとれるというレベルではないでしょう。フェアじゃなさ過ぎ。ミスリードとかいう次元じゃないよ。 その後も 、「高校が同じということもあってかウマがあい」 とか 「キヨシは今年は大学受験で」 とかいうような文章で 「キヨシは高校3年生」 を補強していくんだけど、その辺もやっぱり卑怯だと思う。一般的じゃなさすぎるもの。入学した時代に50年も差がある上に全日制と定時制では、ふつうは「同じ高校」って感覚ないよ。 私は初読の際、この部分を読んで、キヨシの年齢はともかく将虎の年齢がそれまでの文章で受けたイメージより若過ぎるんで、意外に思って何か見落としてるかと読み返したくらいなので余計に許せない気がする。 それと、愛子さんのくだりもやっぱりムリがある。お育ちが良くて知性もあるお嬢様が身内のことを他人に語る時に 「おとうさん」 「おじいさん」 て言うか? 補遺に言い訳めいたこと書いてある(人は子供や孫ができると、何故か配偶者や自分の子供に「おじいさん」「おとうさん」という役名で呼びかけ始める…というようなこと)けど、そのパターンであっても知性と礼儀のある人は人前では絶対言わないと思う。ついでに言うと、孫を交えて話す時以外で娘や嫁に対して「おかあさん」とも言わないぞ。 そんなこんなであれこれ不満はあるのですが、まぁ、面白く読めたのは事実です。 そして、この題名は素晴らしいですね。美しくて気がかりで印象に残る上に、これが仕掛けのひとつでもある。これに関連してのラストの将虎からさくら=節子への桜を引き合いに出した説教もまた素晴らしい。 「花が散った後の桜もまだまだ生きていて、その時々の、その時々ならではの美しさがある」 という意味のことで、まぁ、この場合は自分達の年齢のことを言っているんですが、自然に対する見方としても私は好きです。当たり前だけど気づかれにくい素敵な話だと思う。 つぼみをつけ始めて仄かに樹も色づき始めた桜の美しさ、花が散りかけて代わりに緑が勢いを増してきた時の桜の美しさ、夏の盛りの意外なまでの生命力に溢れた緑の葉を茂らせた桜の美しさ、そして秋のささやかな紅葉を経て、葉っぱが落ちる冬になっても一目で桜とわかる樹の幹の下に漲る生命力。桜の変化はほんとに美しくわかりやすく楽しいものです。(ほんとは全ての植物がそれぞれに四季折々の姿を見せてくれてるのに、こちらが桜くらいしか気付けないんでしょうけど…) そして、押しも押されぬ中年である身としては、人間の年齢に対する考え方としても支持せざるを得ませんね^^; ただ、人間の場合はどうしても「その時々の美しさ」ではなく「狂い咲き」的な方向にいきがちなところがどうもねぇ。この作品の登場人物もちょっと行き過ぎな点が多々あるかと思います。歳相応の美しさって難しいですよねぇ…。かく言う私も、萎れかけた花が枯れないよう散らないようじたばたしておるのですが(アンチエイジングともいう^^;)、結局これは内面が歳相応になってないからなんでしょうなぁ。本作の最終ページに掲げてある 「人生の黄金時代は老いて行く将来にあり、過ぎ去った若年無知の時代にあるにあらず(林語堂)」 という言葉のような心境になれれば良いのですけど、中身が若年無知の時代とさして変わらぬようではムリかな…。 若者はこの話を読んで、何じゃこりゃ気持ち悪いとか思うのかもしれないけど、まぁ、人間みんな歳をとるんだ。君もいつかこんな日がくると思って暖かい目で見守ってくれ(常套句連発)。私も高齢者とわかってから読み返して、彼らのファッションや、恋愛・セックスシーンにはちょっとひいたが、若者から見れば中年も老年も一緒なんだろうしなぁ。実際に近いことを若者が言うの聞いたことあるしな…(T_T) しかし、こうやって記録を書いてて思ったけど、これは読む人の年齢や歳のとり方で随分と受け止め方が変わってくる作品ですよねぇ。そういう意味でも面白い仕掛けではある。その最大の仕掛けを取っ払ってミステリーとして読んでも悪くはないし、色々不満はあるけどやっぱり星は4つにしておこう^^;