『滴り落ちる時計たちの波紋』 平野 啓一郎

滴り落ちる時計たちの波紋 平野 啓一郎 (文春文庫) ¥630  評価…★★★☆☆ <内容紹介> ネット展開するグレーゴル・ザムザ、引き籠もり世代の真情あふれる「最後の変身」から、ボルヘスの〈バベルの図書館〉を更新した「バベルのコンピューター」まで、現代文学の旗手による文字どおり文学の冒険。さまざまな主題をあらゆる技法で描きながら突き進むこの作品集は、文学の底知れぬ可能性を示している。 (文庫裏表紙紹介文)
いやー、物凄く久しぶりにいわゆる文学作品って感じの本を読みましたよ。昔むかしのその昔、まだ世の中に泡が満ち溢れている頃くらいまではかなり意欲的に読んでいたものですが。それが、今では芥川賞直木賞受賞作のチェックすらしなくなってる体たらく。 文学ってやっぱり若者の特権のような気がするわー。おばさん、ブンガク読むと疲れちゃうんだもん(T_T) そんな後ろ向きなおばさんが何故本書を購入してしまったのか? まず、この作家には以前から興味あったんですね。彼が史上最年少(当時)で芥川賞を受賞した頃は、まだそういうニュースもちゃんとチェックしていたのでね。でも、すぐに読みたいって程ではなかったので文庫化待ちしてたのですが、作品が文庫になり始めた時には読む元気がなくなっていたという…(T_T) そんな感じで読めずじまいだったけど、今でも文庫新刊が出ると書店で手にとるくらいには気になっていたんですね。で、いつものように本書を手にとって紹介文を読んだら 「ネット展開するグレゴール・ザムザ だの ボルヘスの<バベルの図書館>」 だのという文章が目に留まってしまい、ついくらっときてしまったわけです。まだ地上に神々と人間が共存していたくらいの大昔(ウソ)、少女だった私はその系統に傾倒していたものです。(どうも昨日からテンションがおかしいな…)  安部公房とか大好きでしたね。もちろん今も大好きではあるけど。 …と、前置きが長くなりましたが、そういう経緯で久々のブンガクに取り組んでみたわけですが、思ったより読みやすくて意外と面白かったですね。 お目当ての 『最後の変身』は途中まで凄く面白いと思ってたのに、話がネット社会に及んでから急速につまんなくなってしまいましたが、若者が読んだらかなりキそうな作品だと思います。 仕事のできるエリートサラリーマンで、遊びの方も適当にこなして友人もたくさんいる今どきのデキる若者って感じの主人公が、さしたる理由もなく引き籠もり始め、そんな自分をザムザと重ね合わせたりしながら、次第に内省的になり封印していたような思いが噴出し始める…という辺りまでは中年のわたくしでもかなりキましたもの。ネット部分も私が好きじゃないだけで、ほんとにつまんないわけではないしね。 「役割と本当の自分自身」というフレーズは大抵の人に響くものがありますよね。特に、好んで本を読むような人間は常にそういう思いにさらされている気がする。この辺のくだりは、若者よりも割り当てられた「役割」の多いオトナの皆さんの方が読んでて辛いかもしれませんね。現在・過去・未来にわたって色々考えちゃいますよ。ココロが弱ってる時には読まない方がいいと思います^^; しかし、ビジネス文書やネットで横書きには慣れ切ってるはずなのに、横書きで小説読むのってどうしてこんなに苛々するんだろう。私はケータイ小説とか絶対読めないな。頼まれても読まないけど。 あとは『初七日』が個人的な理由でちょっとくるものがありました。しかし、読んだタイミングが色々な意味で良すぎて正当に評価できていないような気もする。(例えば、作中で南方帰りの父親のことが描かれているのですが、これを読んだのが8/15前後だったとか、そういうのが色々あるのです。) それはともかく、この作品では復員した父がベトナム復員兵のように精神をちょっと病んでいる様(癇癖がひどく理不尽な怒りを爆発させたり、フラッシュバックに襲われたり…)が描かれているのが結構衝撃でした。考えてみれば当たり前の話なのですが、私は寡聞にして今までそういうのを読んだことがなかったので。 私自身は戦争物から目を背ける傾向がある(少女期までにきっちり触れてるので今はもう許して下さいm(_ _)m 『はだしのゲン』が凄いトラウマ…。)のですが、今の若者には強制的にでも読ませたり聞かせたりしないとダメだよなぁと本作を読んで改めて思いました。あ、フィクションではダメですよ。体験者の実話や記録に触れないとね。以前から強く思っているのですが、全ての日本人は広島と長崎の原爆資料館に行くべきです。そして、現在ご存命の戦争経験者の方々は全てを語って残してほしいなあと心から思います。…珍しく真面目な方向に横滑りしてしまいました。 その他の小品も結構好きですね。特に 『Les pettites Passions』 とか 『くしゃみ』 とかは稲垣足穂の『一千一秒物語 』のような味わいがあって好きだな。気力があれば著者の他の作品も読んでみてもいいかもしれない。