『特別室の夜』 伊野上 裕伸

特別室の夜 伊野上 裕伸 (文春文庫)¥660  評価…★★★☆☆ <あらすじ> 深沢理恵は大学病院に勤める32歳の看護婦。ある日、看護師長に呼ばれ、大学OBが経営する老人病院に移らないかと言われる。それは打診の形をとってはいるが受け入れざるを得ないものだった。 納得できないものを感じつつも新しい病院へ向かった初日、迎え入れる職員達の態度がまた納得できない。来ることが決まった時点で噂になっていたというのはまだいいが、やたらに容姿を誉め称えられるのだ。しかし、病院内部を案内されるにつれてだんだん状況が飲み込めてきた。このリゾートホテルのような立地と設備の老人病院は、患者の希望を療養生活に大いに反映させることのできるサービスがついてくる特別室が売り物で、そこには社会的地位も資産もある老人達が入院している。つまり容姿の整った看護師も彼らの求めるサービスのひとつなのだ。 そういう発想を始めに、営業第一、利益優先といったこの病院のスタイルと、強面で常に用心棒が側にいるヤクザの組長やわがままでヒステリックな俳優の妻と言った難物ぞろいの入院患者たちに、戸惑い苦労しながらも理恵は何とかうまくやっていた。 そんな時、特別室の患者の一人が急逝する。確かにいつ亡くなってもおかしくない状態ではあったが、理恵は前後の状況などからその死に不審を抱く。そして、それを皮切りに病院内で様々な不審な出来事が起こり、そこに生き別れになっていた理恵の実父も加わり、やがてそれは殺人事件へと発展していく。 ※以下ネタバレ有り※
とりあえず言いたい。この帯は失敗だろ。「寿命管理社会がやって来た!」っていきなりネタ割ってんじゃん。「老人医療の暗部」とか来た時点で想定されるとは言え、ここで、しかもそんな言い方で提示しちゃダメだろ。SFじゃないんだからさ。 そんなわけでいきなりネタ割ってるんですが、言ってみればこれは本来の意味ではミステリーではないのでそれも有りといえば有り。病院側の意図もやり口も見えてるし、黒幕となるべき人もそういないですからね。謎とか推理とかはそんなにないんですよ。そうだな、これはミステリー仕立ての老人医療小説と言った方がいいのかな。 面白いことは面白いです。ちょっと突飛な人物設定と状況設定で、医療現場の実態がわかりやすく読めるという感じ。ただ、テーマが重い上に白黒つけにくい問題であるので、何ともすっきりしない読後感ではあります。殺人も含めた様々な問題は全く暴かれず、黒幕が実行犯と無理心中して、登場人物も転落したり失職したりせず、何と言うか微妙にハッピーエンド? しかし、この小説は登場人物全員が不思議なくらい魅力に欠けるので、バッドエンドでもハッピーエンドでもどっちでもいいんだがな。リアリティがないとか共感できないとかではなく魅力に欠けるんだよなー、何なんだろう、この人物造型は。多少なりとも魅力を感じたのは全員が不自然な死を遂げた特別室の患者(大手消費者金融の元社長・榎本、ヤクザの組長・岸辺)っていうのもどうなんだろう。私の問題? 私は幸いにしてというか何と言うか、身内で亡くなった人はみんな最期は割とあっさりしていて長く苦しんだ末にとかいうのはなかったんで、老人医療とか終末医療とか安楽死とかについて意見を言える立場ではないのですが、自分の最期は選べるのならば選びたいですね。自分の選んだ生を生きて、自分の選んだ死を死にたい。あくまで理想ですけどね。ていうか自分の選んだ生ってのが既に微妙だ。