『 パンク侍、斬られて候 』

パンク侍、斬られて候 (角川文庫) ¥660

評価…★★★★★

<内容紹介>
時は江戸時代。とある街道沿いの茶店の前で休む巡礼らしい盲目の娘と老父。その前に歩み寄った牢人は、にた、と笑うやいなや父親の方を斬り捨てる。
その凶行の理由を問い詰めたその地( 黒和藩 )の藩士・長岡主馬に、その掛十之進と名乗る浪人は 「 この者達はこの土地に恐るべき災厄をもたらすに違いないからだ 」 と事も無げに言い放つ。
そして、彼が続けて言うには、現在各地で 「 腹ふり党 」 という奇怪な宗教が大流行しつつあり、恐るべきことにその宗教が蔓延すると一つの藩自体が滅亡することもあるのだと。そして、かの父娘は腹ふり党の党員だったと言うのだ。
十之進は突然のことに動転する主馬に、仕官のための口利きをするよう巧妙に持ちかけ、うまく出頭家老の内藤帯刀との面会にまでこぎつける。
予想外に老獪な内藤との会見は十之進の想定とは違った内容のものとなるが、とにもかくにも仕官はできることになった。
その後、黒和藩の内情・政情や、腹ふり党の実情、そして様々な人の思惑が絡み合って、物語は思いがけない方向へと展開していく。

                          • -

いわゆる時代小説でないのは題名でわかると思いますが、かなりアバンギャルドな感じです。ちなみに 「 パンク侍 」 は出ません(笑)
腹ふり党の奇天烈さとか登場人物の饒舌さ、全体に流れる狂騒的な雰囲気とか筒井康隆っぽい感じ。ダメな人は全くダメだけど好きな人はたまらないタイプの小説ですね^^;







※以下ネタバレ有り※


てなことで、町田康初の時代小説。いやー、面白かったです! びっくりした。町田康の作品でこんなに一気に読めて、しかも凄い面白いって思ったの初めてだよ。そんなに熱心な読者ではないんだけど、初の時代小説というだけでなく、色んな意味で初めての町田康って感じがした。
その衝撃でちょっと甘めの満点星^^;

時代小説か否かと言えば 「 否 」 と答えたいですが、江戸時代を舞台にした小説としては充分に成立してます。その時代には有り得ないような言葉遣いや思考をしたり、現代語が出てきたり等はあるんですが、それらは全く気にならないんですね。マジメに時代小説書いてるつもりが考証ぼろぼろとかいうのとは違って、明確に意識して必然性をもってやっているわけだし、それ以外のところは実にちゃんとしてるし。
ちなみに、何故私が時代小説ではないと判断するかというと、この作品は江戸時代ならではの題材について書きたかったわけではなく、その題材を書くのに適切な舞台として江戸を選んだと思えるからです。この理屈わかって頂けるかなぁ…。まぁ、面白ければどっちでもいいという説もありますが。

さて、内容に詳しく触れたいところなのですが、この作品の魅力の大部分は、その饒舌体と、そこに書かれている意外な正論や奇想、描写などの面白さにあるので極めて書きづらいのですね。 引用しまくりになっちゃう。腹ふり党の教義の面白さですら簡潔に書けない。何だか文庫の惹句みたいですけど、 「 理論と奇想に満ちて奔流する文章。その圧倒的な面白さ 」 てなぐらいしか言いようがないなぁ。
うーん、そう言って紹介を放棄するのもなんなので、とりあえず以下に、まとまりなく気に入りの部分とか書いてみましょう。

まず、私は冒頭の内藤家老と十之進の会話でやられましたね。嫌なヤツでもこれくらいデキる上司の下についてみたかったよ。
で、登場人物も皆いちいち面白くて、この面談の辺りで、既に、窮地に陥ると気絶する幕暮孫兵衛とか、心が傷つくと 「 いやあーっ 」 と絶叫しながら物凄い速度で無目的に走り回る密偵・魂次とか出てきてますからね。ちなみに私は主要人物の中では人語を解する猿の大臼がかっこよくて好きです。あ、人じゃなかったか。
腹ふり党が勢力を増していく様やその集会の様子、そして腹ふり党対黒和藩士と猿の混成軍の戦いとかも非常に読み応えあって面白いです。個人的に主馬が死んだのはかわいそうだったけど。
あと、腹ふり党の教義通りに信者達は腹の部分から消失していき、この世から排出され真正世界へと行く ( らしい ) というラストも相当に意外なものではあるのですが、その際に「 発狂するような痛み 」を伴うというのが極めて意外で感心した。

しかし、私はこのテの作品を読むと必ず 「 筒井康隆っぽい 」 と思ってしまい、きっとそれは間違いではなく書いている人も確実に影響を受けていると思うのですが、筒井康隆以後はどんな人がどんなに力を尽くして書いても 「 筒井康隆っぽい 」 としか評されないというのは恐るべきことですねぇ。
もちろん、この評は決して批判的なものではなく、むしろ好意的なものなんですが、ある人の作品を評するのに同時代の別の人の作品を持ってくるのって失礼な気がして気がひけるんですよね。でも、こう感じることは止められないしなぁ。
でも、ここまで来たら、 「 ツツイヤスタカ 」 はひとつのジャンルみたいなものを表す文学用語として使ってもいいのかもしれないと思ったりして。彼はそれくらい偉大だよね。
ちなみに、本作は擬音の使い方とかもかなりツツイっぽいです^^;

 (5月読了分)