『 蝿の王 』 田中 啓文

◆ 蠅の王  田中 啓文 (角川ホラー文庫) ¥900

 評価…★★★☆☆

<あらすじ>

大学教授の蛭川は、自分の専門分野である考古学にしか興味がなく風貌も冴えない上に性格にも少々難があるとあって、老年に差し掛かった今、家庭的にも恵まれず、職場でも軽んじられ嫌われていた。自分を不幸に陥れた周囲の人々や、果ては世間に対する恨みや憎悪で心を滾らせながらも研究に没頭していた蛭川だったが、ある遺跡の発掘現場で思いがけずそれが噴出することとなる。そのきっかけは遺跡内の気味の悪い虫の壁画に囲まれた部屋にあった壷だった。そして、見るからに禍々しい雰囲気を纏ったその壷の封印が蛭川の手によって解かれた時、全ての惨劇の幕はあがった。

殺しあう子供達、ある日突然奇妙な力を持つ邪悪な存在に変貌した赤ん坊、受け持ちの園児を皆殺しにしようとする保育士、突如狂乱状態になり観客達に襲い掛かり殺戮を始めたチンパンジーたちなど、恐るべき陰惨な事件が次々と起こり始めるが、それらの事件の現場には常に大量の虫がいた。

一方で、大の虫嫌いの少女・瀬美にも奇妙なことが起きる。身に覚えのない妊娠をしたのだ。経験がないわけでもなく恋人もいるが、彼とはしばらく関係を持っていない。心当たりは夜毎のリアルな夢だけだ。夢の相手はいつも同じだ。そして、彼は先日 「 目的を果たしたのでもう来ない 」と言っていた。信じられないような話だが、そのお腹の子の力の結果らしい現象を目にし、同時の例の彼の思考波を感じた瀬美は自分の胎内に宿るものが特別な存在であるらしいことを感じる。

そして、瀬美は恋人と共に事態を解き明かそうとするが、そこに隠れキリシタンの末裔だという奇妙な老人や怪しげな宗教団体、そして奇妙な子供たちなどが表れ、事態は終末へと突き進んでいく。


ちょっとあらすじ微妙かなぁ…(*_*) でも、ある程度の知識がある人には、題名で既にバレバレだからいいよねぇ。ちなみに、元は 『 ベルゼブブ 』 だったのを改題したそうですが、余り変わんなくないっすか?

…って、あとがきに、そういうことを思わない人にも手にとってもらえるように改題したというようなことが書いてましたけど、つい言っちゃう^^; あと、同タイトルの有名な作品があるのに大胆不敵だなぁとも思ったのですが、それにもやはり触れていました。しかし、ゴールディング田中啓文は間違わんだろう(笑)

あらすじからある程度は予測できると思いますが、とにかく大量の虫系グロ描写にゴア系グロ描写、そこそこのエロ描写、悪魔・魔女系含む宗教的なお話、さらに登場人物のほとんどはイっちゃってる系で、642ページという長編のこの作品。これは濃いです。濃過ぎます。しかも、時々気の抜けるような田中啓文要素( でも、知っている人にはすぐわかるけど馴染みで無い人は唐突過ぎて気付かないかも? )が入るし、これは相手がホラーファンであったとしても、誰にでもお勧めできる作品ではありませんねぇ(*_*)

とりあえず、虫嫌いの人は絶対読んじゃダメですね。それを乗り越えて読むほどの面白さでもないですし。逆にグロ系、虫系が好きな人には超オススメです。要素があれこれ詰め込んであって読みづらいかもしれませんが、該当する描写だけ読んでもお好きな人には楽しいのではないでしょうか^^;

※以下ネタバレ有り※

ここから好き勝手に感想など書き散らしたいと思います。いつもより更にまとまり無しかもですm(_ _)m

だって、 「 ベルゼブブ = 蝿の王 」 じゃん! と思っちゃうわけですよ。ソレ系が好きな人間としては常識ですから。 で、魔界4大実力者の1人で、サタンに匹敵する力の持ち主と言われることもあり、悪魔の中でも特に邪悪な存在として描かれることが多いこのお方の名前がが出てきたら、そりゃあ人類の終わりだろうよってなもんです。文庫裏紹介文にある「 ベルゼブブとは? 」 の一文なんて、なめとんか、コラ?って感じですよ。でもって、そこに、処女懐胎ではないけど夢により妊った乙女と来たら、こりゃもうその腹の中の子が救世主でしか有り得ないっしょ。

そんなわけで、展開はすっごい読みやすいし、言ってしまえばストーリー自体は大した話ではないんですよ。あとはもういかに各種の不快な描写をねちねち書き込むかって感じ。いや、もう、ひどいもんです。あ、これはある意味では誉めてます。その不快な描写、不快なイメージの数々は素晴らしいです。人間性の歪んだ人々の描写から、大量の虫の描写、残虐な殺戮の描写、蝿の王の子( 蝿の子だから当然蛆です )が生れ落ちる様、その後の様子など、ほんとに素晴らしくひどいです ( この場合は誉めてるので「スバラシク」は誤用ではない^^;) 。

更に本作では、悪魔と対照的な存在であるはずの神も大変不愉快な存在として描かれてます。まぁ、大体あの野郎は自分勝手なこと極まりないことが多いのですが、本作では極端にひどいです。ラスト近くに出てくる天使もひどいね。あのシーンはちょっと怖くもある。自らを邪悪な存在だと思っていない連中の悪意って怖いよね。

個人的には主人公が女子高生なのと、その恋人が何故かアイドルなのがどうも受け入れにくかったなぁ。処女っていう設定じゃないんだから女子高生でなくてもいいじゃないかというか、マグダラのマリアなんだから、むしろ女子高生じゃない方がいいんじゃない?と思うわけです。しかし、聖母マリアというミスリードを誘うためには、女子高生くらいにすべきなのかと思ったりもするので、そこはまぁ許してもいいけど、何でアイドル???しかも、アイドルグループの一員でミソッカスというハンパな設定。しかも、悪魔とか好きな変わり者。何の意図があって、こんなキャラ設定にしたんだろう…。特にその設定が生きてるとも思えないんだけど。

そして、そして、啓文さん、「 イエス 」の次は 「 ノウ 」ってさぁ…。「 NO 」 で 「 KNOW 」 で 「 脳 」 ってさぁ…。まぁ、いいですけどね、そういう人だってわかってて好きなんですから。( ←恋人か!とタカトシ風に突っ込んで下さい^^; )

昆虫地球外生命体説はちょっと面白かったし、それを踏まえてのエピローグもよかったですね。小説の終わらせ方としては、このエピローグはない方がいいんじゃないかという気もするんだけど、これとラスト近くの嫌な天使と、対決シーンのむかつく神の野郎のセリフ等々合わせると、ああーって感じがするようになってるし、あの長大な不快な話が最後微妙にほのぼのした感じになって終わるところも面白いから、やはりアリかなと。それに、プロローグもあるしさ^^;

でも、キリスト教系知識、悪魔系知識が全然ない人がこれを読むのはちょっとツライんじゃないかなぁ。そうじゃなくてもネタ詰め込み過ぎだし。やっぱり最初の題名でよかったんじゃないかなぁ。ああ、そうか、売る側としては本が売れればいいんだから、読破されるかどうかは問題じゃないのか^^;

私は、田中啓文氏は初期の異形コレクションに発表してたグロ系ホラーから好きだし、バカ系SFも好きなくらいなので、この作品もOKではありますが、長編で読むとさすがにお腹いっぱいって感じですね(*_*) てゆーか、こんな壮大な長編にする必要があるのかなぁという気がしてしまう…。 他の長編の出来が知りたいので、映画になったので読まなかった 『 水霊 』 にチャレンジしてみるかなぁ。

ちなみにSF長編の 『 忘却の船に流れは光 』 はかなり好きです。

(2月下旬読了分)